イシドシュウジ
家に帰れば、誰も居ない冷たい空間が自分を待っている。
世の中はクリスマスで賑わいだっているというのに、自分にはそんな欠片すらない。
こんなふうに虚しい日々を送るようになったのは一体いつからだっただろう。
自分がフィフスセクターと言うサッカー管理組織に入ってからだろうか。
コツリ、と響く一人分の足音が虚しさを引き立たせている。
出来ることなら、あの頃に戻りたい。
けれど、自分にはやらなければならない事があるから、そんなことも叶わない。
オートロックの扉の鍵にカードキーを差し込んで扉を開ける。
いつもならば真っ暗なはずなのに、何故か電気がついていて。
消し忘れてしまったのだろうかと首を傾げたイシドだったが、答えは直ぐに与えられた。
『おかえり、シュウジ』
「、名前…?」
きっと仕事帰りなのだろう。
腕の捲くられた黒のカッターシャツと同じ色をした短パンを履き、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらキッチンから出てきた名前。
そんな彼女の姿を唯呆然と見つめるイシド。
彼の表情に小さく笑った名前は、玄関に突っ立ったままの彼に歩み寄る。
『準備できてるから着替えてきなよ』
「あ、あぁ…」
高い位置で括られた髪が、背を向けた彼女が歩く度に揺れる。
何故彼女が此処に居るのかは分からないが、嬉しくないわけがない。
ふ、と頬が緩むのを感じながら、イシドは部屋着に着替えるために自室に入っていった。
「名前…」
『、来たか』
リビングのローテーブルの上に料理を並べていた名前に声をかける。
いつものワインレッドのスーツから着替えたイシドは、何だか複雑そうに眉を下げている。
其れを見た彼女は、彼が一体何を言いたいのか大体察してみせた。
『有人たちには何も言ってない』
「そう、か……いいのか…?」
『守たちのところに行かなくて?』
「…あぁ」
フィフスセクターに反旗を翻した者達の組織、レジスタンス。
そのメンバーである鬼道も円堂も、きっと今頃鬼道邸に集まってどんちゃん騒ぎをしているに違いない。
たった一人で寂しくクリスマスを過ごすつもりだったイシドとよりも、そちらの方に行ったほうが楽しいに決まっている。
そんなことは分かりきっていた。
いつも多忙で、自分のための時間がなかなか取れない名前には楽しい時間を過ごして欲しいと思っているのだ。
自分と一緒に居ても楽しくない。
事実ではあるのだが、自分で言うとなかなか複雑な気持ちに陥る。
そんなイシドに溜息をついた名前は、彼の手を引いてソファに座らせ、自分もその隣に腰掛けた。
目の前に並ぶ料理たちが、早く食べてと急かしている。
『私はシュウジと一緒に居たかった』
それじゃ理由にならないかな
そう言って困ったようにイシドを見上げる名前。
彼は驚いたように目を見開いたが、ふ、と柔らかく笑ってみせた。
一体いつ振りだろうか、こんな風に笑えるのは。
「嬉しい、な。俺も名前と一緒に居たい」
『、良かった』
それから、テーブルの上に並んでいる料理に手をつけた2人。
最近は自分で作ったものしか食べていなかったイシドにとって、誰かの手料理と言うだけでとても美味しく感じられた。
勿論名前の料理が美味いという事もあるのだが、孤独を感じるようになったのがそれに拍車をかけているのかもしれない。
比較的多めに作られた料理たちに舌鼓を打ちながら、シャンパンを傾ける。
「美味いな」
『有人から貰ったんだ。クリスマスには行けないって伝えたら、シャンパン持って来てくれた』
「…成る程」
泡が光を反射して、シャンパンゴールドが煌く。
載っていた料理がなくなった皿をシンクに持っていった名前は、戻ってくる際に冷蔵庫の中からケーキを取り出してきた。
スポンジはしっとりとしていて甘さは控えめ。
チョコクリームもビターの味を強くしたので、成人男性でも軽く食べれてしまう代物だ。
言わずもがな彼女の手作りだが、何処かの店で売っていても違和感が無いくらいの出来栄えだ。
「…貰ってばかりだな」
『いつもクリスマスプレゼント贈ってくれてるじゃないか』
「こっちの方がずっといい」
もくもくとケーキを食べるイシド。
名前は隣に座ったまま、そんな彼に緩く笑みを浮かべながらシャンパンを飲む。
「名前」
『ん?』
「…ありがとな」
『、シュウジ…?』
「一緒に居てくれて」
『……』
空になったケーキの皿をテーブルの上に置く。
ゆったりとしたその動きを隣に座っている名前はじっと見つめていた。
そんな彼女は小さく溜息をついたかと思うと、皿を置いたことで手持ち無沙汰になったイシドの手に触れた。
ぴくり、と反応したのはきっと気のせいではないだろう。
名前はまだ中身の入ったシャンパンのグラスを、彼と同じようにテーブルの上に置いた。
『…私は、君を支えることしか出来ないから』
「"しか"なんかじゃないさ」
『けれど、』
その先は言うなといわんばかりに、素早くイシドの唇と名前の唇が重なる。
目を見開いた名前だったが、抵抗することなく目を閉じて受け入れる。
唯唇を合わせているだけで何もしない。
暫くして漸く離れた唇。
だが2人の距離は依然として近いままで、鼻先がくっつきそうだ。
「俺は、お前がいてくれればそれでいい」
『…私も、だよ』
ビターチョコレートとアルコールが混ざるまで、後、何秒?
聖なる夜に身を寄せ合って、温め合うしか出来なくて
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