己を包むぬくもり


秋口の空気が頬を撫ぜる。
今年の夏はいつまで経っても暑かったと言うのに、秋に入った途端急に寒くなった。
身体がその急激な温度の変化についていけなかったからか、今年は体調不良で休む生徒が例年よりも多いと光秀から報告が上がってきている。
予想はしていたがこればかりは致し方ない。
個人の体調管理もしてあげるほど、生徒会は暇ではないのだ。
ひゅ、と冷たい風が吹けば、無意識のうちに身体が震えた。


「さみーの?」


『んー、まぁ』


隣を歩いている明王に身体が震えたのを目敏く見つけられてしまったらしい。
これでも寒さ対策として、ニーハイソックスからタイツに替えたのだが、どうやら上半身にも何か対策が必要かもしれない。
彼ははぁ、と溜息をつきながら言い放つ。


「肉ねぇからだ肉」


『筋肉ならあるけど』


「そっちじゃねぇよ」


分かってるよ、と笑う彼女に、本当に分かってんのかと呆れる明王。


「先ずはきっちり三食、だろ」


『……忙しいんだ』


「あー?仕事を前倒しして進める人間の言う台詞じゃねーなーぁ」


ぷすぷすと明王の指先が名前の頬に突き刺さる。
いくら痩せているとは言え、やはり女性の肉体。
男なら柔らかくなくてつまらない其れも、彼女の頬にふにふにと刺さって面白い。
にやにやと笑いながら其れを繰り返してくる明王に呆れたような視線を送った後、それを止めさせようと未だ頬をつついている方の手に触れる。
潔く止まった其れには、やはり優しさを感じずにはいられない。


『溜め込むのが嫌なんだよ』


「まぁ分からなくもねぇけど。それにしたって食うもんは食っとけよ」


『食べてるよー、おなかが空いた時にね』


「其れで足りてねぇから先ず三食きっちり食えって言われてんだろが」


見上げれば空はすっかり闇色に染まっていて、キラキラと星が輝いている。
今日は月がまだないから、星が一段と輝いて見えるのだ。
空をぼんやりと眺めていた名前に、隣の明王が声をかける。


「夕飯どうするよ」


『あ、明王作ってくれるんだよね』


「作るからにはしっかり食えよ」


『はいはい、分かってるよ』


彼女の家に明王の着替えは1セット用意してあるので帰る必要はない。
これならいくら遅くまで彼女の家にいてもなんら問題はないだろう。


「冷蔵庫の中身は」


『鶏肉、ハム、チーズ、ブロッコリー、人参、卵、作り置きしておいたホワイトソースもあったかな。後マカロニとかパン粉諸々』


「あー、じゃあグラタン作っか」


『ふふっ、明王のグラタン楽しみだなぁ』


「覚悟してろ、吐くまで食わせてやる」


『えー』


にや、と人の悪い笑みを浮かべた明王に顔を歪める名前。
その時、もう一度冷たい風が2人を包み、彼女は再び身体を震わせる。
ブレザーからむき出しになっている手には、まだその季節ではないからと手袋はされていない。
白い指先は寒さからか赤くなっていて。
其れを見つけた明王は、彼女の手を自分の手で握った。


「つめてー」


『明王の手まで冷たくなってしまうよ?』


「構わねーよ」


明王の手が温かいからか、2人の手には激しい温度差がある。
そんな彼に彼女のように冷たい手は辛いものがあるだろう。
眉をハの字に下げて申し訳なさそうな表情を浮かべる名前の眉間を突付くと、明王は再び進行方向を真っ直ぐと向いた。


「ほら、さっさと帰ってあったまろーぜ」


『ん』


2人とも饒舌というわけではないからほとんど無言では会ったが、居心地の悪さなど全く感じないまま彼女のマンションに着く。
名前が鍵を開けて部屋の中へ。
扉を開ければふわりと温かい空気が彼らを包み込む。


「あったけー…」


『タイマーセットしていって正解だったね』


「あー、やっぱ金あるのはちげーな」


彼の言葉に苦笑を浮かべた名前は、制服から私服に着替えてこようと私室へ向かう。
因みに明王のものは寝巻きしかない為、風呂に入るまでは制服で居てもらわなければならない。
まぁ、部屋の中が暖かいからブレザーを脱いでも寒くないし、問題は無いだろう。
着替えた彼女は私室から出てキッチンへ。
明王はリビングのソファに座り、テレビをつけている(このテレビは明王が来たときぐらいにしか活躍しない)


『明王ー』


「名前と同じでいいぜ」


『分かった』


唯名前を呼んだだけで成立した会話。
傍から聞けば一体何の話をしているのかさっぱり分からないが、当の本人達にはこれで十分だったらしい。
名前はコーヒーメーカーに豆をセットし、スイッチを入れる。
ドリップ式だからインスタントより大分時間がかかるから、その間にマグカップなどを準備して置くのだ。
だが其れも直ぐに終わってしまい、手持ち無沙汰になってしまった名前は明王の隣へ。
然程面白い番組はやっていなかったのか、彼は直ぐにテレビを消してしまったので、部屋の中は静寂に包まれる。
しかし、2人の間に流れる静寂は決して気まずいものではなく、逆に心地よいと感じさせるようなものだった。


「名前、」


『ん?』


「こっち、来い」


ぽんぽんと膝の上を叩く明王。
名前が明王にくっつくのは、大抵は酷く疲れた時に深く眠る為だ。
今は特に眠くも無いのでその必要は無いと言おうとしたのだが、その言葉は彼自身により遮られる。


「身体、まだ冷えてんだろ」


コーヒー出来るまでも時間かかるしな


どうやら彼は彼女の冷えた身体を温めようとしてくれていたらしい。
部屋が温かいとは言え、芯から温まるには時間がかかるし、彼女も人間だ。
いくら常人よりも丈夫な身体をしているとは言え、風邪を引くときは引いてしまうことだってある。
名前はそう一瞬考え、明王の膝に乗るように足を向こう側に投げ出して座った。
ブレザーは既に脱がれていた為、YシャツとTシャツ越しから温かい体温が伝わる。
まるで湯たんぽに抱きついているような、そんな温さ。


『温かい』


「おー」


ぽんぽん、と優しく頭や背中が叩かれて、彼女は瞳を閉じる。
そして次に目覚めたときには。


『…眠くなかったはずなのに』


「無意識のうちに疲れを溜め込む癖どーにかしろって」


ソファに横たえられていて、そんな彼女の身体には、恐らく寝室から持ってきたであろう毛布がかけられていた。
すっかり目覚めてしまったその目に、今夜眠れるかどうか心配になる。
そんな心配をしている名前の目の前には、黒のエプロンをしている明王が。
手にはミトンがはめており、キッチンからは香ばしい美味しそうな匂いが漂っていた。


「ま、とりあえず出来たから食えよ」


『んー』


ソファから立ち上がった名前は、グラタンが用意されているダイニングに移動して其処に腰掛けた。
向き合うように2人で座り、「『いただきます』」と夕食に手をつける。
くつくつ、と調度いい具合のチーズの向こうには、トロトロとした熱々のホワイトソース。
どんどん料理スキルの上がっていく親友に、『将来は心配ないね』などと考えてしまった名前。


『美味しいよ、明王』


「そーかよ」


相変わらず褒められ慣れていない明王は恥ずかしいのか、フイ、と彼女から視線を外す。
そんな彼に小さく笑った名前は、腹が一杯になってしまう前に目の前のグラタンを堪能する。
自分の料理は食べ慣れてしまってなんら面白みは無いのだけれど、たまにこうして他の人に作ってもらえるというのは嬉しいものである。
今度、いつもお世話になって佐助にでも作ってやろうか。
あぁ、でも先ずは。


『明日の朝食何がいい?』


「何でも良い」


『そういうのが一番悩むんだけどな…』


そう困ったように笑う名前に、明王が笑う。
他人に見せるものは悪人面ばかりだというのに、彼女に見せるのは、まるで悪戯が成功したかのような純粋な笑み。


「楽しみにしてるぜ?名前」


目の前の幼馴染に何を作るか、考えなければ。



己を包むぬくもり
欲しい時に其れをくれる君に、"ありがとう"を


▼ゆう様

おはようございますこんにちはこんばんはゆう様!
最近めっきり寒くなってまいりましたね。私のところは学校から帰るころには息が白かったりします。
東北恐ろしいです、寒い!
というわけで、名前と明王には寒い中帰っていただきました!
指先冷たいと辛いです、明王に温めてもらえる名前が羨ましすぎる←
私の中では明王もそれほど体温が高いわけではないんですけど、名前の体温が低いので標準くらいの明王でも温かく感じる程度かなぁと言う曖昧な設定です←
そして手料理のグラタン。
ごめんなさい、私が食べたいだけだったんです!だってグラタン作ってくれる人いn(((ry
なんだかんだで全て俺得要素でした←ごめんなさい本当に!
書けてとても楽しかったです!^^*

50000Hit記念企画参加ありがとうございました!

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