巫林編再


 ほんのりと青みがかかった黒髪に深い青の目を持った可憐な姿、そして家は一代で多くの財を築いた実業家。巫林手鞠は多くの人に生まれ持って全てを手にしたと言われた。
実際の所は巫林手鞠には自分さえなかったのだがね。
彼女の両親は多忙で家に居る事は少なく顔を合わせるのも一ヶ月に一、二回。そしてその度に交されるのは会話はだいたい同じである。
良い成績を取っているか、体調は、習い事で賞は、発表は、周囲の評判は、お前は将来この家を継ぐことの出る立派な男性と結婚を、お淑やかに、支えろ、わかったな
一言つけ加えるならば彼女の両親は彼女をきちんと愛している、愛しているから彼女が両親の思い描く幸せになれるよう彼女に様々な枷をつけ押さえつけたのである。彼女は両親の言葉に、先生の言葉に、大人の言葉に、友達の言葉に笑顔で答えるだけの成長を遂げた。自身の意思表示を行わず心動かされる事もなく心臓を動かし呼吸をし、周りの言葉に従うだけである。いや、あった。
 彼女の全てを変えたのは中学生の頃だった。笑顔と呼ばれるものを浮かべただただそこに置いてあっただけの彼女は先生に頼まれ浮いてしまったクラスメイトの高木真理と話す事になった
「こんな面倒ごと断ればよかったのでは?」
「面倒だなんて、私高木さんと話してみたかったんです。」
「...嘘ですね」
「本当ですよ」
「目、私ではなく私の後ろの窓を見ているでしょう」
黄色い目だった、彼女に向けらる細められた黄色い目。見開かれた紺碧には澄み渡る空と鷹の目が飛び込んだ。
強い目だった、意志があった、こっちを、高木真理は間違いなく先生に頼まれからという理由以外を持たず、高木真理を見ていなかった巫林手鞠を確かに見ていたのだ。

彼女は今でも微笑んでいる、彼女は自分の意志で微笑んでいる。彼女は依存と恋心と呼ぶには恐ろしいソレを抱えて今日も微笑んでいる。

 賑やかで暖かな場所が帰ってきた。私はその事実にとても安心して、高木ちゃんの嬉しそうな顔を見てやっと息ができるようになった。

  また、五人で通学路を歩く。雨音だけをかき消すように会話は響きとても賑やかだ。
ズル、ズル、ズル
「えっ?な、なな何?何なんスか?」
ズル、ズルズルズルズルズル
「は、走って!!」
松原くんの大声と共に高木ちゃんに引っ張られる腕、放り投げられた傘。
少し後ろを振り向けば赤いものが見えた気がした。

 とにかく走って、走って走って公園へ逃げ込んだ私達はそっと後ろを振り向く、そこに何も居ない事を確信してみんな安心していた。
「何なんですかアレは...」
「わかんないけど、絶対に捕まっちゃだめだよね...」
高木ちゃんと松原くんが頭を抱えて作戦を立て始める、佐藤くんはヒーヒー言っている神凪ちゃんの介護、私も何かしなくてはと動こうとしたときだった
「み、みみ、巫林ちゃん、かがみ、鏡持ってるっスか...?」
ゼーゼーと息を乱しながら神凪ちゃんは突然そんな事を言ってきた。
「持ってますけど...どうしたんですか?」
「前に、テンション上がってホラーまとめスレ見たときに、〈ひきこさん〉っていうの、見たんスよ...さっきのそれにすっごい似てて...弱点、鏡だってのってて...」
鏡が弱点、おそらくここで鏡を持っているのは私と多分松原くんぐらいでしょうからね、ソレを私に聞いたのでしょう。
「鏡を向ければいいんですか?」
「た、確か...」
「なら、私でもできますね」
私は笑った。だって、やっと皆に私の力で恩返しができるチャンスなのだから
「駄目ですよ」
「た、高木ちゃん?どうしてですか?」
どうして駄目なの?私は、私の意思でやりたいって思ったのに...高木ちゃんはわかってくれるはずなのに
「巫林さん一人にそんな事はさせられません。そこで死んでる神凪さんはともかく私や佐藤くん、松原くんは元気なんですから協力するに決まってるでしょう」
当たり前のように、当然の事のように、高木ちゃんはそう言った、
「確かにそうだよね、ちょっと怖いけど僕もやれる事はやりたい」
佐藤くんもそれに同調してこっちを見て、笑ってて
「僕も、やるよ。」
「MVPの神凪ちゃんを忘れないでくださいっス!!」
頷く松原くんと、立ち上がって跳ねる神凪ちゃん。ここに居られて私は幸せで、ここが私の世界で、なんだか少し泣けてきて
「はい!皆で頑張りましょう」
なんだってできる気がしたの。

 私は鏡を握りしめ、真っ直ぐに前を見る。
これから佐藤くんと高木ちゃんがひきこさんをここに連れてくる。もし失敗したら誰かが怪我するかもしれない、誰かが死んでしまうかもしれない、鏡を握る手に力が入る。
「巫林ちゃーん!」
「神凪ちゃん、どうかしました?」
「いやぁ、だいぶ力んでるみたいなんで心配で...」
「...そう、ですね。少し力が入ってます。」
「そんなに緊張しないで大丈夫っスよ。高木ちゃんも佐藤くんも、松原くんも居るし、この神凪ちゃんも居るんすから大船に乗った気持ちで挑むっスよ!!!」
空みたいな髪が動きに合わせて跳ねる。大丈夫、心配しないで、みんな居るよ、って全身でこっちに教えてくれる神凪ちゃんに私は頷く。
「失敗しちゃったら助けてくださいね。」
「モチのロンッスよ!!!」

 後ろを気にしながら水しぶきと一緒にこちらへ走ってくる2人の目が、真っ直ぐにこっちを見る。信頼されている、私の事を、信じてくれている。
体を揺らして、何が肉塊を引き摺りながらその〈ひきこさん〉は私の前に姿を表した。
べチャリと肉塊を捨てて私へと手を伸ばす。
「あ、あああ、あああ!!」
「ごめんなさいね、私達まだ死なないんです」
突きつけた鏡の中に〈ひきこさん〉が映り込む。爛れた顔から覗く目は大きく見開かれ頭を振り出し始める
「あ、ああ、ああああああ!!!!」
叫び声が耳をつんざく鏡から逃れるように、足を動かす醜い化物は縺れて転ぶ。その体が不自然に引き摺られ捻じれて私の手に収まっていた鏡へと飲み込まれていった。
 
 雨の音だけが耳に入る、髪を流れ服を濡らし頬を、手を、鏡を伝う水を感じて急に身体が冷えた。
「あ、やったっスよね?そうっスよね!?!巫林ちゃぁぁん!!!」
どんっ!と冷たい私に熱い神凪ちゃんが飛びつく
「流石っすよ!!すごいっす!!!」
嬉しそうに私にくっついてはしゃぐ神凪ちゃん、その後ろで力が抜けたというように尻餅をつく佐藤くん、そんな彼に手を貸す松原くん。そして、そして安心したようにこっちを見る高木ちゃん、みんなを見て私は今生きてるという実感を取り戻した。




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