佐藤編再


 彼はどこまでも普通の人でした。友達もふざけて、笑って、騒いで、みんなでいる事がとても楽しかったんです。普通な自分が到底関わる事のないと思っていた人達でした、それでも仲良くなれて良かったと思っていました。
 きっかけとなったのは強烈な初恋でした。桜が散る夕方の校舎からカメラ越しに見た彼女の目がずっと離れなくて、鷹の目のような彼女が気になってしまったのです。少しづつ、少しづつ話して、笑ったりするようになって、他のみんなも集まって、彼はとても幸せでした。
 彼はどこまでも普通の人です、死ぬのが怖くて、後悔を重ねて、嫌だ嫌だと足掻いて足掻いて、無様に一人死にました。


 「佐藤くーん!!」
ドンッ!ものすごい勢いで何かが背中に突っ込んでくる。いや何かというか誰かはわかきりってるんだけどね...
「神凪ちゃん、背中ものすごく痛いから...勘弁して...」
「めんごめんご」
ぴょんと足取り軽く後ろに飛び跳ね距離をとる神凪ちゃん。一体何の用なんだろう...僕は今騒ぐ気分じゃないし...
「いやー佐藤くん今日めっちゃ顔色悪かったじゃないっすかー!それでみんな佐藤くんの事すっごい心配してて、何かあったか偵察に来たっす!」
びしっと敬礼をしながらこっちに笑いかける神凪ちゃんに僕は小さく笑いながら言った
「大丈夫だよ、ちょっと悪い夢見ただけだからさ」
そう、悪い夢だ。悪い悪い夢。ただ夢だ、そうに決まってるんだ。
「佐藤くん」
「神凪ちゃんどうしたの?」
「都市伝説に猿夢っていうのがあるって、電車の中で殺される!ってやつなんスよ。」
「えっ、あ、待って」
「そんで、その猿夢は夢を見せてる車掌をどうにかボコボコにすると助かるんす」
「ボコボコ...?一気にギャグっぽくなったね...」
「これも立派な回避方法っすよ!!...ゴホン、一番簡単なのは車掌を電車から突き落とす事!でもこれは対処されてると思うんスよね!」
「ええ、じゃあどうするの?」
「きさらぎ駅」
「き、きさらぎ駅?」
神凪ちゃんは自信たっぷりに言い切る
「そう!目には目を!歯には歯を!都市伝説には都市伝説を!猿夢は電車!駅についたら外に出れるんす!だからきさらぎ駅に行くんすよ!」
「そうなの?」
うーん何故かそんな気がしてきた...
「但し!駅から出ちゃダメっスよ!」
「え?なんで?帰れないじゃん!」
「駅の外は危ないんス!だから自動販売機の近くに居る人に帰り方を聞くんスよ!」
「わ、わかった...?」
「じゃ、もう大丈夫っすね!!」
「多分...?」
うーん、なんかこう流された気がするけど...まあ神凪ちゃんだしいいか。
僕はそんなくだらない事を考えながら家に帰った


 「自動販売機の前に居るのが『オワリサン』でありますように」
ゆっくりと風に髪が流れる中、神凪創は525回目のお祈りをした。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「また、あの夢だ...」
そんな、また来てしまった...こんな夢にまた来てしまった...ああ、くそ!最悪だ!
「次はー串刺しー串刺しー」
串刺し...次は誰だ...
「こんばんは、少年」
骸骨の車掌が声をかけてくる
「今日は君の番だよ」
「は?」
何を言った?きょうはきみのばんだよ?僕の、僕の番?僕が殺される!?
「それではおまちかね串刺しー串刺しー」
そんな!そんな!死にたくない!死にたくなんてない!!
「...き、きさらぎ駅!」
そうだ、きさらぎ駅に何とか付けば!!でもどうやって?!
震える足で骸骨から逃げようと足を後ろに踏み出し瞬間、体が、違う!電車が思いっきり揺れた!
「な、何事ですか!?」

 「えー次はー次はきさらぎ駅、きさらぎ駅にございまーす。お忘れ物のなきようお願いたしまーす。」
よ、よくわからないけどきさらぎ駅に行くみたいだ
「なるほど、なるほど。夢と認識、意識と無意識、そして干渉か。」
骸骨もわけのわからないことを言って悩んでるみたいだ!よかった!
 
 「到着ー到着ーきさらぎ駅ーきさらぎ駅。お出口は左側になりまーす」
開いたドアからは慌てて転がりでる。一瞬伸ばされた骸骨の腕は僕に届く前にドア阻まれた
「...、...いやはや残念だ。それでは、いつか遠い日に会えることをお祈り申し上げます」
閉まるドアと頭を下げる骸骨、それを乗せた電車はトンネルの向こうへ走り去った。
「よ、よかったぁ!」
体がずんと重くなったみたいにホームのコンクリートにへたり込む。何度と手を閉じて開いて、ドクドクと煩い心臓に安心した。
「確か、自動販売機...」
今の自分がいるよりも奥、先頭側のホームにぽんつんと赤錆色の自動販売機を人影があった。
「あ、あの!すみません!」
すこしよろけたけどあわてて起き上がり走り寄ると人影は僕と同じように学ランを着ている事がわかった。そして頭に被ったバケツにも
「あ!やっと来たな!待ちくたびれちゃったよ!」
「ええっと...」
 プンプンと口で言いながら怒っていると主張する謎のバケツ頭に正直引いた。やばそう...
距離を取るか否か頭の端で考えていた僕にバケツ頭は楽しげに声をかけてきた
「いやー!そろそろ僕のセンパイがくるからそれまでちょっと待っててねー!!そしたらちゃーんと帰してあげるられるから!」
「か、帰れるの!?」
「えっ、もっちろん帰れるけど???あ、帰りたくないの?」
「帰りたいよ!!すっごく帰りたい!!」
「あーん、うるさーい」
な、なんなんだこのバケツ頭は...
「そうだ、僕の名前はバケツ!よろしくね!」
ま、まんまだ!!!見た目そのまま!ひねりがない!!!そして間違いなく偽名だ!!

 「おい、何騒いんでんだ。」
ハスキーで力強い女の子の声が後ろからした
「あ、おわりんセンパーイ!おっそーい!」
「うっせぇな黙れ」
そう言ってバケツくん(?)を睨みつける女の子、半袖のセーラー服を身にまとっている。短い髪と鋭い狼みたいな目が合わさってとても怖い
「...とっとと行くぞ」
「はーい!じゃ、君もね」
バケツさんに腕を引っ張られるように歩く。本当に帰れるのかなぁ...
「おい、お前。絶対に喋るんじゃねぇぞ。」
釘を指すように声をかけられ慌てて頭を縦に振る。
「よし、物分りの良いやつは嫌いじゃねぇ」
こちらをあの目で捉えながら『センパイ』さんはそう言った。

 ホームを抜けて改札に行く、ここは無人駅らしく改札の機械すらない、古いポスターの貼られた柱を抜ける、僕もバケツくんもセンパイさんも何にも言わず駅から出た。

 田んぼのあぜ道を歩く。生ぬるい風とどんよりとした雲、その隙間から覗く空の色で今は夜だとわかった。はやく、帰りたい

グチャ、グチャグチャ
?何だろう、変な音がする。
グチャ、グチャ、グチャグチャグチャ
泥で足踏みするような水音、田んぼに誰かいるのかな?僕はそう思いながら田んぼの中に目を向けた。
何か動いている。人だろうか、田んぼの中で動いていて、なんだろう...物でも落としちゃったのかなぁ?
グチャ
その人は突然立ち上がる、なんとなくこっちを見た気がした。

 「走るぞ!」
「!!」
「あいあいさー!」
突然センパイさんが僕の腕を掴み思い切り走り出す。突然の事で足が縺れて転びそうになるけど、というかほぼ引きずられている!!!必死に歯を食いしばり耐えている間に僕の身体は中に浮かんだ
「!?!」
 
 バン!!
硬い物に叩けつけられる、一体なんなんだ!?
慌てて起き上がれば見慣れたベッドに見慣れた机、いつも来ている制服がかかっている。
「か、帰ってこれた?」
汗だらけで身体がベタべタする、心臓がバクバクして痛い、叩きつけられた部分も痛い、そんな事を考えながら僕は気絶した。
 
 
 「あ、おはようございます佐藤くん。...随分疲れているみたいですね」
「おはよう高木ちゃん巫林ちゃ?。うん、まあちょっとね...」
「佐藤くんおはようごさいます。昨日に比べて顔色が良くて安心しました!」
「あははは...」
「佐藤くん!よかった、元気になったみたいだね!」
「松原くんおはよう...元気になった気がしないけど多分もう大丈夫」
「おっはー!!!みんな何してんすかー!」
「あ、神凪さんが登校する時間ですか。遅刻ギリギリという事ですね急ぎましょう」
「おこ!高木ちゃんおこっす!!!!」
ワイワイガヤガヤ、笑って騒いで賑やかに。やっと、僕は日常に帰ってきたんだってすごく安心したんだ。


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