神凪編休

 

 時間を巻き戻すというループは最も有名であり主流の手段である。しかしそれと同時に目的達成の難易度は跳ね上がってしまうのも現状だ。巻き戻すという事は今まで自分の通っていた時間をそのまま逆走するという事で、既にレールは完成しているのである。故に時間逆行、タイムリープは普及率の割に成功率が低く必然的に代償の量も増えてゆくのだ。

 多分最初は怖かったし痛かった。手を伸ばしても届かなくて、弱すぎて、やめたくて、やめれなくて。泣きながら死んだ。手が震えて、カッターが変な所に当たって、何度も何度も首を切って死んだ。起きて、泣いて、吐いてを繰り返して、今何回目なんてもう覚えてなくて、何とか惰性で続いてる。
痛みに慣れたくない、悲しい気持ちに慣れたくないって思ってたのにそれにも慣れてしまって。首を撫でるカッターも飛ぶ血にも慣れて、あたしって本当に人間だったけ?なんて馬鹿な事が浮かんで沈んだ。
 
 「ふむ、よくない。よくないぞ。諦めがピークに達した。このまま行けば落ちるだけ、這い上がる事はできない。つまり...ああ、《彼》の出番か」

 あったかい布団の中でずっと沈んでいたい。もう起きたくない。顔を撫でる風が気持ちいい...風?なんで風か、家の中なのに...
「やあ、お寝坊さん。早く目を開けたまえ。」
「なに、ここ」
「君達のいる世界とは別の世界さ!...ここに合わせたい人物がいてね、ついて来なさい」
暖かい日差しが葉っぱの間からこっちに落ちてくる。風は気持ちよくて、いい匂いがして、でもあたしはそれをぼんやり画面の外から見てるような気持ち。どんどん前を行く真っ黒い先生の後ろを追いかけてついたのは木の家だった。
 
 丸太を組み合わせ作ったおもちゃみたいな家、煉瓦の煙突から煙が登る。
まん丸の窓に大きな扉、花壇に囲まれて何かすっごい変。
「あら、お客さん?」
「あ、」
綺麗な青緑色の髪を揺らして女の人が扉から顔を覗かせた。綺麗な、綺麗な紫色の目がこっちを見てて。少しタレ目で、優しくこっちを見て、泣きたくなった。
「《シノノメ》は居るかい?」
「ええっと、シングちゃんに引っ張られ行って...そろそろおやつだから帰ってくるわよ。そうだ!一緒におやつでもどうかしら!疲れてるときは甘いものよ!心も体も幸せになるもの!」
優しく微笑んでその人は扉の向こうに消えていった。

 ぼんやりと青い空を見てた。雲が浮かんでいて綺麗だった。久しぶりの空だった。
「走れー!ゾンビ走れー!」
明るい子供の笑い声と猛スピードで何かが走る音が近づく
「はやくー!おやつ!おやつ!」
「うー!とーちゃーく!」
騒がしい声と地面を抉る音、そして土煙があがる。
「うっわ、またやったな!」
男の人の少し怒った声がして、収まる土煙の向こうから人の姿が見えた。
跳ね上がった長いくせっ毛を揺らしてボロボロのポンチョのようなものを着た子供の背中、その子供を肩車する誰かの背中。でもその背中には大きなベルトがあり腕が固定されている、なんで?その奥にも金髪が見えるけど...
「やっと来たのか東雲」
「ん?ああ先生か」
金髪の人がこっちに来る
「お前が噂のカンナギか」
その人に腕はなかった。片目を覆う大きな眼帯と肘のあたりにある大きな縫い目。短い三つ編みを揺らした東雲さんは優しくて、悲しそうな目でこっちを見てる。
「俺は東雲言葉、あそこで肩車されてる赤くてちっちゃいのはシング、してるほうは...あーゾンビだ。」
「ゾンビ?」
「ああ、ゾンビだ。」
ゾンビ、それに反応したのかわからないけどその人はこっちを振り向いた。
顔は縫い後だらけで目なんて見当たらない。青や緑の到底人間らしくない色で、まるでアニメの中のゾンビみたいだった。
「わー揺れるー!」
「!」
上で楽しそうにしてる子供は肌の色も普通で縫い傷もないけど、大きな目が一つしかない。なにこれ、どういう事なの。
「あら、みんなおかえりなさい。」
優しい声といい匂いが後ろからしてみんなそっちを見た。優しい紫の目と綺麗な新緑の髪が見えて、その下に大きな蜘蛛の体。
「フレミアただいまー!!」
「シングちゃんおかえりなさい、おやつにするから手を洗ってきてね」
「おやつ!!!ゾンビー!シノノメー!!早くー!!」
無邪気に急かす声、既に駆け出し家へ入っていたゾンビ、さん?の後ろを追うようにシングちゃんと東雲さんが走っていった。
「神凪ちゃん、貴方も手を洗ってきてもらえるかしら?」
「えっ、あ...」
どうしよう、どうしよう。
「ははは、まあフレミア達は君達にとって信じられない見た目をしているが同種族間でくだらん小競り合いをしてる人間よりもずっと〈優しい〉から安心したまえ」
高らかに先生はそう言う、でも。
「ごめんなさないね。無理は、しなくていいから。大丈夫よ。」
悲しそうに笑って、フレミアさんは家に戻ってしまった。
「恐ろしかったかい?」
「...」
「到底理解できない姿をしているだろう。拒絶し警戒し怯え傷つける。いい事じゃないか、君はまだ人間だ。理解できないものに理解できないと叩きつけ理解するという事から逃げる。自身の安全と安寧を最優先し他の切り捨てをする。これをする君を人間と呼ばずなんと呼ぶんだ!良かったじゃないか、君が自身を人ならざるものと称するなんておこがましいって気がつけて」
愉快そうに、それでいて今ままでと違ってほんの少しの苛立ちがあって。それが全部刺さって、忘れてた苦しいが戻ってきた気がした。

 「あんまり子供いじめるなよ」
やれやれといった様子で東雲さんが戻ってきた。ゆっくりとこっちに近づいて先生を見る
「シングじゃなくて俺に何の用があるんだ?」
「わかりきった事だろう?」
「...状況説明だけでもしてくれ」
「ああ、君にはそれが必要なのか...じゃあよろしく」
にこやかに全部こっちにぶん投げてきた先生、説明って...とりあえずあたしは今回ループする事になった経緯と覚えてる限りの出来事を話した。
「...で、こんな感じです」 
「...、...そうか、よく頑張ったな」
「あっ、」
優しく笑ってこっちを見てる。そんな言葉誰も言ってくれなくて、言われないのが当たり前で、でも多分報われない気持ちになってて。それで
「神凪、お前は頑張ったよ。何度も繰り返して苦しい事、悲しい事、やめたいって気持ちがたくさんあっただろ。でもお前はまだここに居るんだ。」
「でも、でももう!前の事うまく思い出せなくって!何であんなに必死だったかわかんなくなって!死んじゃったの見てしかたないって考えてて、最低で!もうやで!やめたいって、逃げたくって!」
苦しい悲しいつらい怖い、もういや。やりたくない、死にたくない死ぬのも見たくない。逃げたい
「逃げたきゃ逃げろ。それを決めるのは俺でもそこにいる黒フードでもお前の友達でもなくお前自身だ。」
あたしは、あたしは!あたしは!
「誰かにもう逃げてって言われるのを待つのはやめろ。終わった後の後悔を他人に押し付けるのはやめろ。お前が初めてお前が周りを巻き込んだんだからお前ちゃんと最後を決めろ、お前がちゃんと抱えろ。」
「このループの始まりは間違いなくお前の意志だ。強引だったかもしれない、逃げ道をなくされたかもしれない、でもお前は手を取った。なあ神凪、平等ってものは何処にもないんだ。チャンスも、死ぬのも、何もかも平等じゃない。その事を嘆いたって変わらないしそれを言い訳にしてもこれは終わらないし先延ばしにもならない。」
「あ、ああっ!」
「神凪、お前は友達と何したいんだ?」
「会って、笑って、騒いでるだけでよかった。時々どっか出かけるのがすっごい楽しくてずっと一緒に居られるって信じてて、でも死んじゃって!また、遊びたいって!会いたいって!くだらない話して、笑って、泣いて、怒って、仲直りして!そんで、いいたい事沢山あって、だから!だから手を掴んで!...一緒にまた、居たい!何するか皆で考えて、遊びたい!」
「そうか、きっとまた遊べるさ」
目が熱くて解けちゃいそうで、でもなんだか頭も心もすっとしてて、きっと、きっとまた遊べる気がした。
 
 
 
 
 

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