松原編後

 
 ぼんやりとしたぬるま湯の様な待ち時間は終わってしまったので僕は処刑台にむかうことになりました、なので僕は君の身代わりなんて御綺麗な言葉を並べておいて君を縛る事にしたのです。
 
 君の手を引いてひたすらに走る。とうの昔に体力の限界を迎えた君は呼吸すらままならず僕の後ろに居るのです、その後ろにいる〈彼女〉に怯えながら。
 
 夕焼けの帰り道で僕らの後ろに突然現れた〈彼女〉は神凪ちゃん曰くてけてけさんと呼ばれる存在らしい。足を求めて這いずりまわる死人の醜さと執着にどことなく僕を被せながらひたすらに逃げる。逃げる。逃げる。逃げるために足を動かしているのか足が動くから逃げているのか、くだらない思考へと逃避し始める頭をに苦しそうな君の声が聞こえた。
ああ、ああ。もう限界だ。もうおしまいだ。
 
 「神凪ちゃん、二手に別れよう。」
「っ、え?...ま、松原くん?」
「神凪ちゃんは左に逃げてね。わかった?」
「ま、まっ、まって...!松原くん話がよくわかんな、いっす!」
「説明してる暇はないんだ。ごめんね」
引いていた君の腕を思い切り左の道路へと放り投げる。腕で頭を覆い転がる君を確認し終えた僕は急カーブし〈彼女〉へと走った。突然の僕の行動に驚いたのか失速しズルズルと掌を引き摺りながら止まった〈彼女〉を飛び越え少し待つ、慌てた様子で僕を追おうとする〈彼女〉を確認し、再び足を回転させた。

 三叉路を抜け、無人の住宅街を走り抜ける。〈彼女〉はすぐ後ろ。
 
 大きな十字路でとうとう僕は足を止めざるおえなくなった。がくんと身体が前に傾き頭がコンクリートに叩きつけられる。赤黒く肉の剥き出しになった手で僕をの足を掴み笑う〈彼女〉の顔の恐ろしさといったら、つい笑ってしまった。
「足はいる?いらない?」
「いるに決まってるじゃないか。」
「そう、そうなの。そう、そうそうそうそうそうそうそうそうそうそう。私もよ。私もほしいの。私もいるの。」
質問をしてきたは彼女なのに随分と理不尽だなぁ。自分の身体なのに他人事のようにしか感じない、強い力で捻れていく脚が視界にあるのに実感がない。画面の向こうから眺めてるみたいで飛んでった右脚をぼんやりと目で追った。
 
「松原くん!」
悲鳴のような君の声だけが僕を現実に引き戻す。それは丁度捩じ切られた左脚の痛みさえも戻ってきたという事で、呻き声を漏らしながらコンクリートに爪を立てる僕に神凪ちゃんはより一層声をあげる
「い、今!そっちに行くから!」
「だめだよ!」
必死だった、ここで君が来てしまえば僕の醜さは報われない。
「そんな事したら君も死んじゃう!」
君が死んでしまえば僕の行動は意味が消えてしまう。
「大丈夫、大丈夫だから。」
震える僕のみっともない姿も引き攣り笑う強がりも君が居なければ成立しないので、君が居なくなったら僕が本当に死んでしまうんだ。
「でも、来てくれてありがとう」
脚じゃ満足できないらしいこの化物はとうとう僕の腹に手を入れた。
 
 
 ああ、ああ!きみがくるしんでこうかいしてかなしんでぼくをわすれないでくれればそれでまんぞくです。
 
 本当に?
 

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