『救国の聖女』

 

 田舎町の外れを息を切らし一人の青年が走っていた。時折周囲を気にしながらも真っ直ぐ、獲物を探す獣のような目をギラつかせ青年はどこまでも走る。この先にあるのは、この小さな国を救うために神へ祈り続ける救国の聖女様が住まう教会だ。
 
 静寂に包まれる扉の前で青年はとうとう立ち止まった。ニヤリと笑うその口元からは鋭い犬歯が覗き今にも聖女を喰らってしまいそうなほど恐ろしい。そして、青年は力任せに扉を蹴破る。ドカン!古く分厚い扉は破片を散らしながら寂れた長椅子を巻き込び壁へと飛んだ。そして祭壇の上には、聖女が居た。
大きく輝かしいシアンの瞳がはめ込まれた人形のような顔にイエローの髪が流れる。高揚しほんのりと赤く染まった頬と必死に息を吸い込もうとする吐息が響くその儚さと美しさが少女から溢れる。但し跨っている十字架がなければの話だがね。
「はああああ!?!」
青年の咆哮が木々を揺らした
 
 「もう一度言う、はぁあああ!?!?」
苛ついた様子の青年、ブラウはもう一度声の限りに怒りを込めて叫ぶ。救国の聖女、心優しい乙女、お淑やかで儚い美少女、そんな言葉を聞いてノリノリで来たのに教会に居たのは十字架に跨って興奮してる痴女1匹、そんでもない詐欺に会った気分だ。
「うーるーさーいー!」
金髪の美少女が耳をふさぎ負けじと叫ぶ。この美少女とて意味深な意味でのお楽しみを邪魔されたのだからやはり怒っている。邪魔したブラウに怒りをぶつけるのは当然の事だ。
「何なの!いきなり乗り込んできて大声出して常識ないんじゃない!?」
「オメーが言うなや痴女!!」
「ほんっとに何なの!?誰!?ここ何処だかわかってんのー!?」青年を指差し美少女は勝ち誇るように叫ぶ。まあ、救国の聖女の元に単身乗り込むアホと乗り込まれた聖女、どう見たって聖女の勝ちである。しかし青年は高らかに名乗り上げた
 
「俺はなぁ!テメェを殺しに来たシリアルキラー様だ!!!」
 
 シリアルキラー 凶悪な連続殺人鬼を指す名称。現在この世界では五人のシリアルキラーが名を馳せており、このブラウという青年はそのうちの一人なのだが幽閉されている美少女は知らないのである、残念。
「…」
胡散臭そうな顔をしてブラウを見つめていた美少女がふと口を開いた
「なら、なんで殺さないの?」
その言葉に青年はやる気なさそうに答える
「クソビッチは専門外なんだよ」
「はぁあー?!?!ビッチー??サイテー!!!ホントにサイテー!!!」
「事実だろうが!!!!」
「事実!?どこが!?」
「うるせー!俺は聖女を殺しに来たのに居たのは痴女一匹!詐欺だろ!!!」
 仰け反るように叫ぶブラウ。心の叫び。
「詐欺じゃないし!!立派な救国の聖女サマですー!!!!」
「黙れカス!!」
キャンキャン騒ぐ二人を崩れた扉の枠に寄っかかりながら見つめる誰かが一人声をあげた
 
「何これウケるー!!」
ゲラゲラ笑いながら赤い瞳を弓なりに細めるその人物はこちらに一歩近づく
「クッソワロタ!ブラウオメー何してんの?」
「チッ、遅えぞクソ師匠が!」
ブラウを完全に馬鹿にしてるこの赤いのはロッソ、彼の師匠である。
美少女は思った、なんか増えたと。
「街の情報デマだったぞ!どういう事だゴラァ!」
「なーに言ってんの?せーじょさまなら目の前にいるじゃんじゃん」
ウケるー!ちょっと前のJKかよってぐらいウケているロッソにイライラしていたブラウだが、聖女は目の前に居るという一言にとんでもなく驚いた
「ねぇよ!!!こいつが聖女とかねぇよ
!聖女ってもっと清らかだろ!!!」
ロッソは思った、やっぱこいつ処女厨だなぁと。
「勝手に想像押し付けて!勝手に幻滅とかなんなの!?ドーテーなの!?」
「ヒー!!!ブラウオメーが!童貞なのバレてんぞ!!」
「うっせぇ!」
ブラウは思った、いつかこの師匠沈めてやると。しかしの前に自分の事を馬鹿にしているあのクソアマを仕留めるのが先だと美少女に向き直る。
 
 が

「あっ、やっべ!おい処女厨!そろそろ追手が動くから逃げんぞー!」
「はぁあ?!?オイコラ!まだ殺してねぇんだけど!!!」
突然の終了、全く持ってムカつく師匠である。
「急げー!全員殺されるぞー!」
キャッキャとした様子の師匠にムカつきつつ後を追おうとした
「全員、殺される?」
信じられない、そんな様子で聖女は問いかける
「ねえ!全員ってどうゆう事!?」
全員、まるで自分まで含まれているようなその言葉に少し体が震える
「全員は全員、自分、ブラウ、せーじょさま。そんだけ」
「なんで!なんでアタシまで!?」
「なんでって…わかるっしょ?外部と接触したからだよ」
ニンマリと笑いながら赤い悪魔は立っている。
そりゃそうだ、わざわざこんな所に閉じ込められていたのだから。こんな理由で殺される可能性があるなんてわかっていたのだ。どうしようもない事だ。
「ジメジメすんな、行くぞ!」
思いっきり腕を引かれる。驚きその背を見つめようとするがブラウは彼女の腕を掴んだまますでに駆け出していた。
 
 引きずられるようにシルバーの車に押し込まれる。訳のわからぬままにシートベルトをされ扉は閉まり、車は猛スピードで発進した
「キャアアア!!!はっっやい!!!!待って!!速すぎぃい!!!」
「騒ぐな!下噛むぞボケ!!!」
 
 ノリノリで追手轢き潰し、舗装されていない道を爆走するご機嫌なロッソと慣れているのか黙って外を見ているブラウを横目に美少女は国境を超えるまでずっとぐったりしていた

「さてさて、ブラウ、ジョーヌ。これからどーする?」
バックミラー越しに赤い目がこちらを覗いている。
「アー、どーすっかなァ…」
運転席を軽く蹴飛ばた足をその背もたれに乗せながらブラウは呟く
「待って、ジョーヌってアタシ?」
パチパチと目を瞬かせロッソを見つめれば
「せやで!」
かっるいノリで返事をしてくるロッソにブラウはため息をつき補足をする
「オメーあの教会から逃げたんだからな、もうお尋ねモンになってんだよ。本名なんて使えねぇに決まってんだろ」
ケッ、と言うように窓の外をじっと見つめるブラウを彼女は視界に入れる。そして
「そーだね!じゃこれからよろしくブラウ、ロッソ!!!あ、教会あったらよってね!!」
 
 『救国の聖女』は見事シリアルキラーに拠って死に追いやられた。そして新たなシリアルキラーが産声をあげたのだった

 
 
「クレールは何処に」「それが、連れ去られてしまったようですよ」「ああ、よりにもよってあの者の元にですか」「はい、あの者の元にです」「あの狼少年も恐ろしくなりましたね」
 
 


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