HAPPY HALLOWEEN-狼男の場合- 皆が寝静まる夜、 動き出す一つの影があった。 それは、高い高い崖の上をのぼり、立ち止まって空を見上げた。 「アォオ────────ン」 と一拍空いて谺する。 その後ろには、満月としてはまだ満ち足りない月が妖しく光り耀いていた。 「グレイ、お前はとうとう十六になった」 暗闇の中で、ボオゥと二つの影が浮かび上がった。 ユラユラと揺らぐ火の光で、力強い筋肉のついた四肢が見える。 話していた方が一回り、体が大きい。 どちらも体中を覆う毛が光をうけて、まるで赤い毛のようだ。 「そして、明日がお前が十六で、初めて迎える満月だ」 風もないのに、赤い炎が揺らめいた。 その余韻を楽しむように、少し置いて、また話し出す。 「だから、お前は明日」 「満月が出るまでに、人間の乙女を喰らえばいいんだろ?分かってるっつーの!!」 そう言って一回り小さな影は背を向けると、出口へと走り出す。 「グレイ!!」 そう呼び掛けても立ち止まる素振りすら見せず、出ていってしまった。 まったく…という言葉とともに、残された方は深く長い溜め息をつく。 岩と岩の間から、月の光が差し込んでいる。 上弦よりは満ちて、それでも満月とは呼べない月。 そんな月を見上げて、呟いた。 「本当に…分かっているのだろうか、あの子は」 「まったく…。親父は、いちいちうるせぇっての」 外へ出たグレイは呟いた。 器用に前足で後ろ頸を掻いている。 そして、ぐぐーと全身で伸びをした。 「さてっと。行きますか」 そう口元を歪めて笑う。 同時に、後ろ足で力強く地面を蹴った。 しなやかな体はどこまでものびるようで。 冷たい夜風が、グレイの灰色の毛を後ろから撫でた。 山を下りて、グレイが町に着いたのは、朝日が昇ったあとだった。 「満月が出るまでに喰らえばいいんだよな」 楽勝だぜとグレイは人の姿で笑った。 それよりも、とグレイは辺りを見回す。 至るところには、自分の知らないものばかり。 グレイは好奇心を抑えれず、ウズウズしていた。 とうとう、近くにあった赤くて長いものにグレイが触れようとしたとき、 ゛いいか、グレイ。町に入ったら、すぐに乙女を喰らって戻ってこい゛ 親父の言葉が思い出された。 チッと吐いて、伸ばした手を引っ込める。 「あの…」 突然、後ろから声を掛けられた。 グレイはハッと一歩下がって、低い姿勢で相手を威嚇する。 「手紙出したいだけなんだけどな」 困ったように相手は笑った。 「君って、本当に遠いところから来たんだね」 ポストを不思議がって見ているグレイに向けた言葉だった。 「なぁ、ほんとにコレで遠いところに手紙が届くのか?サラ」 グレイは首を傾げる。 あぁとサラは頷いた。 ふーんとグレイは、もう一度ポストを見上げる。 「良かったら、僕がこの町を一日案内してあげるよ」 なにかの縁かもしれないしと、サラは言った。 グレイは、一度頭の中で整理してみる。 満月が出るまでに、乙女を喰えばいい。 サラは今日、この町を案内してくれる。 サラは、女だ。 つまり、 サラにこの町を案内させてから、満月が出る前に喰えばいい。 考えがまとまって、グレイはサラに言った。 「案内してくれ」 「喜んで」 とサラは長い髪を揺らした。 グレイとサラは、この町の色んなところを訪れた。 行く先々で、グレイはたくさんのことに驚いて、そんなグレイを見て、サラは笑う。 それを繰り返しいたら、いつの間にか陽は沈んでいた。 「もうそろそろ、帰らなくちゃね」 サラは周りの家から漏れる明かりを見ながら言う。 行き交う人も少なくなってきた。 「最後に、行きたいところがある」 そう言って、グレイはサラの手を強引にとって走り出す。 目指すは、人のいない高台。 そろそろ、月が昇る。 「きれいだ…」 口から零れたのは、サラ。 グレイも口には出さないものの、当初の目的を忘れるくらい呆然としていた。 グレイでさえ、これは予想外のことだった。 高台からの町の景色は、まるで宝石箱だったのだ。 一軒一軒に灯る光がキラキラと輝いて、宝石のよう。 二人は、その光景をしばらく黙って見つめていた。 ずっと、このままでも悪くなかった。 別に永遠でも構わなかった。 「ありがとう。ここに連れてきてくれて」 けれど、この沈黙をサラが破った。 グレイは、ハッと我に返る。 当初の目的を思い出して、空を見上げた。 満月は昇って、雲に隠れている。 出るのは、時間の問題だ。 ジリジリと慎重に町を見ているサラとの間を狭めていく。 「あのさ」 そんなグレイに気付かずに、サラは話し続けた。 喉元に喰らいついて、痛みなく一瞬に。 グレイはそう考えて、鋭い犬歯を顕した。 「君と今日出会って、一日過ごしてすごく楽しかった。だから、だから、僕……」 グレイの動きがピタリと止まる。 人よりも聴覚が優れているグレイの耳は、その続きに呟かれた言葉をとらえて。 それは、予想外の展開。 今日は、予想外のことが多すぎる。 けれど、時間は待ってくれない。月が顔を現す。 満月が、グレイの瞳に映った。 「あぁあぁぁああああああ」 グレイの叫び声が響く。 サラが驚いて、振り向く。 体が焼けるように熱く、グレイは横たえて悶える。 グレイ、グレイっ!!とグレイの体を揺らしながら、サラは叫ぶ。 グレイの体から湯気が立ち上がって、見えなくなる。 サラはグレイの名前を叫びながら、手元から消えたグレイを探す。 「アォオ─────────ン」 近くで、狼の遠吠えが聞こえた。 それとともに吹いた風に、周りを覆っていた湯気は欠き消される。 高台の先に、一人立っていた。 人間のような姿に、狼の耳と尻尾がついている。 「グレ………イ?」 おもむろに呟いたその言葉に、狼男は振り向いた。 ゛ガサガサ゛ 後ろの茂みが動いた。 サラはビクッと震える。 「なんだ……うさぎか」 茂みの中から出てきたのは、小さなうさぎだった。 狼男の顔を確認する前に、こちらを振り返ってしまった。 ホッと胸を撫で下ろして、向き直る。 「うわっ!!」 目の前にあったのは、狼男の顔。 毛むくじゃらではない。 人間に耳と尻尾がはえただけだ。 しかも、この狼男みっともないくらいブルブルと震えていた。 体勢もサラに隠れるように、体を縮込ませている。 「グレイ…なんだよね?」 おそるおそるサラが尋ねると、グレイは頻りにうなずく。 「儀式が失敗したから……満月のとき、ぼ…ぼくは強くなれない」 未だ震える体を押さえながら、グレイは言った。 十六歳の一番最初に迎える満月に乙女を喰らうことで、強くて勇ましい狼男となることが出来ると。 この儀式を失敗すると、満月のときだけ情けない弱虫な姿になる。 とグレイは説明した。 また、後ろの茂みが音をたてる。 グレイはサラの腰に抱き付く。 今度は風だったようだ。 それを知るとグレイは、サラを上目遣いで見上げる。 「仕方ないな」 サラは、困ったように笑った。 けれど、声は弾んでいて。 「満月のときは、僕が守ってあげるよ」 |