碁盤の匂い



僕は真っ暗闇の中、一人でギュッと三角に立てた足を握りしめていた。
「ほら、もう出ていらっしゃい」
お母さんの声が外から響く。
お母さんと僕の間には、一枚の大きな壁。
僕の方からつっかえ棒がしてあって、お母さんがいくら横に引っ張ったって扉は開かない。
「いやだ」
さっきから口にしている同じ言葉を頑固に押し通す。
真っ暗な押し入れの中は、やたらに自分の声が響く。
怒ったような、悲しいようなそんな自分の声。
僕自身、どっちなのか分からない。
はぁ………と壁の向こうから溜め息が聞こえた。
「ご飯用意してあるから、」
来るのよと言って、パタパタという音がだんだん遠ざかっていった。
お母さんもいなくなって、急に周りは静かになる。
ギュッとさらに足を引き寄せて、抱え込む。
そして、目は真っ暗な自分の足の先へと向けた。
今は何も見えないそこには、木の碁盤があるはずだった。
コンパクトにした折り畳み式なんかじゃなくて、もっと古くて昔からあるような四つの足が付いている碁盤。
黒と白の碁石は、それぞれ僕の手のひらくらいの木の壷に入っていて、その碁盤の上でまるで夫婦のように寄り添っている。
その碁盤と碁石で、僕はいつもおじいちゃんと勝負していた。
傷だらけの碁盤は、おじいちゃんのおじいちゃんからのもので、おじいちゃんはおじいちゃんのおじいちゃんに勝って貰ったらしい。
じゃあ、僕が勝ったらくれる?と聞いたら、何も言わずおじいちゃんは笑った。
僕も笑った。
おじいちゃんはいつも碁盤といるせいか、碁盤と同じ匂いがしていた。
思いっきり鼻から息を吸う。
ここは、その匂いが一番詰まっている。
「まだ、僕は勝ってないよ」
そう呟いて、初めて声を上げて泣き出した。



碁盤の匂い
(だから逝かないでよ)





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