幸せのカタチ




町はきらびやかなイルミネーションに飾られ、眩しいほどの輝きを放つ。
けれど、行き交う人はそれに目を向けない。
こんなにも綺麗なのに、立ち止まりさえしない。
ただ忙しなく、人は流れていく。
……仕方ない。


師(センセイ)も走るという呼び名を持つ十二月なのだから。


俺は、その町の真ん中に大きな存在を放つモミの木の下のベンチに座っていた。
いつもは町の真ん中にひっそりと佇むそれは、ここぞとばかりにこの時は誇らしげに立っている。
誰にも見向きされなくとも、
着飾ったその姿をさらす。
まるで、人間のように。
忙しく流れていく人の中でも、ふと立ち止まる者はいる。
そこに今まであったそれを見上げて、様々な年齢や格好の人は揃ってこう言うのだ。


綺麗だ


と。
ずっと毎日見てきていたはずなのに、初めてそれに気付く。
人間は、愚かだ。
最初からあるものの、ものの価値が分かっていない。


─人間は今を生きているからこそ、
              美しい─


あいつの言葉がふと、蘇った。
俺は誰も来ないであろう空を見上げる。
今の時間、いつもならオレンジ色に染まるはずがどんよりと灰色の雲が暗い。
…………やっぱり、
俺には理解(ワカ)らない。


「おにいちゃん、だれかまってるの?」


突然話し掛けられた。
辺りを見回すが、誰もいない。
俺は首をかしげた。
そういう能力(チカラ)はないはずなんだが…、
「あいはここだってば!」
くいくいとジーパンが引っ張られた。
話し掛けたのは、足元にいる小さな女の子だった。
髪をそれぞれの耳の上くらいで、リボンを使って結んでいる。
「ねぇ、だれかまってるの?」
再び同じことを聞く。
大きくて丸い瞳に見つめられては逃げることも出来なかった。
「…なんで、待っているって思うんだ」
えへっと少女は笑った。
「だって、おそらみてたから。あいもおそらにいるおかあさんのこと、まってるんだ!」
「…ッ」
俺は言いかけた言葉を飲み込む。
そんな俺を見て、少女は首をかしげた。
それは…、
「あっ……、すみませんっ」
そう声をあげて、人が走りよってきた。
あっ、おとうさん!と少女は手を振る。
ここに着くなり、その人は膝に手をついて腰を屈めた。
こら、愛!!離れてちゃダメって言ったよね?
ずれた眼鏡を直しながら、少女の額にデコピンをする。
少女は少し赤くなった額を押さえながら、不満を口にした。
だって、おとうさんおそいんだもん!かいものえらぶのだっておそいし、たべものえらぶのだっておそいし、
まだまだ続きそうな少女の言葉に顔をあげて困ったように笑うその人は、見るからに気弱そうで、けれど優しそうな雰囲気をかもし出す人だった。





「本当にすみません」
改めて、昴(スバル)は俺に頭を下げた。
いや、別に暇でしたから。
と俺は昴の足にしがみついて穏やかな顔で寝ている愛にちらりと目をやる。
さっきまでは俺にしがみついて、一緒に待つと譲って聞かなかったのに、どうも疲れてしまったらしい。
昴は俺の目線に気付いて、笑いながら娘の髪を撫でた。
「娘は母親に似て、どうにも頑固で」
母親…。
その言葉に戸惑った。
そのため、言葉を返すタイミングを失い、なんとも言えない雰囲気になってしまう。
「聞いたんですね」
昴は弱々しく笑った。
俺は肯定も否定もしなかったが、それを肯定と受け取ったようだった。
「梨沙(リサ)は、僕の妻は、昨年の今日に亡くなりました」
ポツポツと昴は話し始めた。
「誰も、何も、責めることのない本当に不幸な事故でした」
話している昴の顔は淡々としていた。
けれど、どうしようもなく膝の上で震える手を必死に握り締めていた。
「けれど、どうして梨沙がそんな目にあわなければいけなかったのか、僕が代わりにあえば良かったのに、どうして僕たちも一緒じゃなかったのか……色んな感情(キモチ)が入り交じって時々襲うんです」
ただ、俺は聞いていた。
返す言葉も考えず、ただ聞いていた。
「って、何を初めてあった人に話しているんでしょうね」
はは…と誤魔化すように昴は笑った。
ひとは、
「人間は、時間に追われ、時間を追う」
俺はいつの間にか口を開いていた。
言葉は次々と口から飛び出す。
「時間に縛られ、時間を縛る」
それは、一種の呪文のように。
それは、いつも聞かされていた言の葉たち。
「明日も昨日もいくつもの困難にぶつかって、悩み、悩んで、それでも生きていく。だからこそ、」
一度、俺はそこで言葉を切った。
このまま言ったら、自分の考えではない気がした。
だから、自分が本当に思ったことを確かめるようにゆっくりと紡ぐ。



「人間は今を生きているからこそ、美しい」



つーっと一度だけ昴の頬を流れた。
それを拭うことをせずに、顔をくしゃくしゃにして笑う。
「君は、なんだかサンタみたいだね。とても嬉しいプレゼントだ」
向けられた笑顔に俺は戸惑う。
いつも、それはあいつが受けていたものだったから。



ーシャンー




ぶつかる鈴の音が一瞬聞こえた。
「待ち人が来た」
ただ、そう俺は口にする。
それは良かったという昴の表情は残念そうに見えた。
じゃあ、






「メリークリスマス」






ん…、
愛は目が覚めた。
起きたかい?と昴はにこりとする。
「あれ……、おにいちゃんは?」
まだはっきりとしない意識で、愛は目を擦りながら尋ねた。
「お兄ちゃんって、誰だい?」
不思議そうに昴は首をかしげる。
あれ………?
昴と同じ方向に愛も首をかしげる。
そんな二人の前を白いものが横切った。
「あ!」
愛は嬉しそうに大声を出す。
昴は出した手にのったものを見た。
「雪だね」
ゆきだ、ゆきっ!!
愛は昴の周りを駆け回る。
昴は楽しそうな愛を見て、つられて楽しくなって笑う。
「あっ、そうだ!」
ポンッと突然、昴は手を叩いた。
ん?と愛が止まって、昴の方を向く。
「今日は寒いし、シチューにしよう」
「あい、シチューだいすき!!」
やったぁーと昴の手をとる。
早く帰ろうと精一杯引っ張った。
昴はそれに微笑んで、ペースを愛に合わせる。



そうして、二人は幸せに包まれて、帰路をいく。




幸せのカタチ
(プレゼントをさぁ、どうぞ)



「人間って、思ったよりいいだろう?」

しんしんと降る雪の中、唐突に尋ねた。
シャンシャンと絶えず鈴の音が鳴り響く。
一糸の乱れもないその音は心地好い。
随分と間が空いた後、前から小さく返事が来た。

「悪く…はない」

素直じゃないなぁと赤い服に身を包んだ人は笑う。

「というか、俺をわざと落としただろ」

「どうだろうね?」

睨まれて、赤い人はもう一度笑った。
そして、空の上でぐぐーっと背伸びをする。

「さてと、大好きな人間に幸せを届けますかね」

ふんっと睨んだ方は、鼻を鳴らした。

「言われなくても」

やっぱり素直じゃないなぁと赤い人は笑う。



シャンシャンシャンと音を鳴らして、ソリは空を駆けていく。
一人一人に幸せを届けるために。





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