HAPPY HALLOWEEN-吸血鬼の場合-



「なにこれ?」
道端に倒れていた黒い物体。
荷車を引いていた女性は、立ち止まった。
おいと、呼び掛けながら揺するがピクリともしない。
はぁ…と大きく溜め息をついて、彼女はその物体を荷車に積む。
そして、荷車はまたゆっくりと動き出した。




ん…、ここは?
僕は目を覚ました。
確か、道端で倒れたところまでは覚えているんだけど。
「あたしの家だよ」
にょきっと目の前に顔が現れた。
うわぁっ!!と、後退りする。

゛ドカッ゛

突然、僕の体は衝撃を受けた。
いたたた…。
どうやら、ベッドから落ちたらしい。
さっきの人が寝かせてくれたのかな?
「わりぃわりぃ」
ベッドを回ってきて、さっきの人が謝った。
まさか、あんなに驚くとは思わなくてなと僕に手を差し出して、立たせる。
「あと、お腹が空いてないか?ご飯用意したんだが」
グゥーと口よりも早く答えた。
なんで、こんなときにっ…。
僕は、かぁあああと紅くなる。
一瞬目をパチクリさせて驚いていたが、すぐに元に戻る。
「いい返事だ」
豪快に笑った。




改めて、命の恩人を見る。
長すぎも短すぎもしない黒髪。
化粧はしてないけど、整った顔立ち。
筋肉で程よく締まった腕。
けれど、至るところに土や傷がついていた。
「なんかついてるのか?」
彼女は、首を傾げた。
いっぱいついてるけど、
ううんと首を振った。
ジャンは化粧とかしないの?
僕は尋ねた。
「しないよ。あたしを女とは言わないだろうしね」
ジャンは、このとおりとでもいうように至るところのある傷を見回した。
そうかな?
ジャン、綺麗だと思うのにな。
思ったことをそのまま口に出すと、ジャンは口の中のものを吐き出しそうになって、急いで水をとった。
流し込んで、一息つく。
「…そういうこと、言うなっ」
何だか怒られてしまった。
難しいな…。
顔赤いけど、大丈夫?
心配したのに、
「赤くないっ!!」
とまた怒られた。
本当に難しいな、人付き合いって。
他人なんて、久しぶりだしなぁ…。
「ところで、お前…じゃなかった。クラウドは、肉は食べなくていいのか?」
まだ赤い顔のまま、ジャンは僕に尋ねた。
僕の皿には、野菜しか盛ってない。
ベジタリアンなんだ。
と僕は笑った。
「そうなのか、ならいいが…遠慮とかいらないからな」
ジャンは、そう言って食べ始める。
そう、僕は血を飲まない吸血鬼(ベジタリアン)。
正確には、飲めないだけど。
当たり前に親に城を追い出されて、行き倒れてたところをジャンに助けてもらったわけ。
なんか、お礼したいな。
ふと思ったことを、ジャンに伝える。
「いいって、そんなこと」
ジャンは手を振った。
でもっ。
そう言い下がらない僕に諦めたのか、ジャンは笑う。
「じゃあ、あたしの手伝いでもするか?」
勢いよく僕は頷いた。




ジャンのお手伝いとして、はや一週間。
今は、庭で薬草の摘み取りだ。
ねぇ、僕って役に立ててないんじゃない?
そう聞くとジャンは即答する。
「たってるよ」
どこがだよ?
不満一杯に僕は尋ねた。
「色々」
ジャンは、ふふっと笑った。
ちゃんと教えてよ。
何度頼んでも、誤魔化された。
「また今度」
ジャンは、摘み取った薬草を入れた籠を持って立ち上がる。
つられて立ち上がると、柵の向こうにいる子供と目があった。
じーっとこちらを見てくる。
なんとなく、見つめ返してみる。
なかなか勝負がつかないところに、先を行っていたもう一人の子供が声をかけた。
「何やってんだよ。そこは魔女の家だぞ」
魔女?
僕は首を傾げる。
ジャンじゃなくて?
呼ばれた子供はもう一度名残惜しそうに僕を見てから、待ってよーと後を追いかけた。
どうして?と顔を向けた僕に、
「あぁ、あれな。あたしは魔女って呼ばれてんだ」
と、ジャンは笑った。
なんだか、苦しそうだ。
なんで?
苦しいわけを聞いたつもりが、呼ばれるわけと勘違いしたらしい。
「草花から薬を作ってるのと、」
これかなとジャンは自分の髪を指差した。
黒髪?
「ここの辺ではな、魔女は黒髪で黒い服を着ているという言い伝えがあるんだそうだ」
そんな理由だけで?
あぁとジャンは答えた。
おかしいよっ!!
だって、魔女は、

゛ポン゛

と僕の頭にジャンの傷だらけの手が置かれた。
僕は黙って、ジャンを見上げる。
「ありがとな」
ジャンは、わしゃわしゃと僕の頭を撫でた。
そんな顔されたら、何も言えなくなるじゃないか…。
そんな苦しそうな顔。
僕は俯いて、されるがままになっていた。




昼間とは違う静けさを漂わせる夜、群がる人影があった。
何か決心をしたような顔付きで、村外れの一軒家の前に立っていた。
リーダーらしき人が懐から何かを取り出す。
周りの人の顔を見回してから、その何かにもう一度目を向けたとき、
「何をやっているんですか?」
彼らに眩しいランプの光が当たった。
村長…と呟きながら、出されたものが何か彼女は知った。
「私は、何も迷惑などかけてはいないでしょう…?」
手にあったのは、マッチだった。
その前には、枯れ草が積まれていた。
何をしようとしていたのか一目瞭然だった。
「魔女が…」
彼らの一人が憎しみを込めて呟いた。
それが、水面に浮かぶ波紋のように広がるのは早かった。
「お前のせいで、この町に立ち寄るものが減っていくっ」
「お前のせいで、雨が降らず作物が思うように取れないっ」
お前のせいで、と次々に彼らは己の不満を魔女にぶつけていく。
「それに、あんた。最近楽しそうじゃないか。あたしらの幸せを吸いとってるんだろう?」
「違いますっ」
ここで初めて、魔女は反論を唱えた。
「道端で倒れていた男がいるだけです」
その言葉に、反論されたおかみはふんっと鼻を鳴らした。
「嘘をつくなら、もう少しましな嘘をついてほしいもんだね。あたしの息子が、一人庭で楽しそうに話しているあんたをみてんだよっ」
えっ…と魔女は驚いた顔をする。
そんな魔女を、おかみはせせら笑った。
だからな、と村長は話し出す。
「存在自体、もう迷惑をかけているのじゃ」
村長は、再びマッチに手を伸ばした。


゛カラッ゛


それは、マッチが箱ごと道端に落ちた音だった。
村長が慌てて拾おうとすると、マッチはまた風に吹き飛ばされる。
まるで、逃げているかのように。
道化のように、村長はそれを何度も繰り返した。
やがて、黒いマントを着た一人の男の手にマッチは渡った。
「こちらに渡しなさい」
荒い息で、村長は言った。
男は村長とマッチを交互に見たあと、村長に一歩踏み出す。
村長も一歩、男に近づく。
男はマッチを握った手を差し出して、グシャと思い切り握り潰した。
何故だ!!と怒って村長は男に近付いて、胸ぐらを掴む。
すぐに、村長はヒッと声を上げて後ずさった。
「目が…目が……赤い……」
怯えた村長の声に男は、にーっと笑う。
笑った口許に鋭く光る歯があった。
マントから髪から全てが黒。
闇から切り取った姿だった。



「……吸血鬼」
誰かがボソッと呟いた。
その言葉に肯定も否定もせずに、ただ魔女の傍へ近寄る。
そして、呆然とする魔女の肩に回して、自分の元に引き寄せた。
「魔女…いや、私の花嫁に手を出すものはどうなるだろうかな?」
黒い髪の間から覗く長く赤い眼で、彼らを見ながら。
しばらく動かなかった彼らだが、一番にヒッ…と声を上げて、村長が背を向けて逃げ出す。
それを追って、周りの者も声を上げて村へ逃げ帰っていった。
残された二人は、互いに見つめ合う。




「クラウド…なんだよな?」
ジャンは恐る恐る尋ねる。
そうだよ、当たり前じゃないか。
と答えようとしたのに、体に力が入らなくて揺らいだ。
おいっとジャンの手が伸ばされたけど、なんとか足に力を入れてジャンに向かって大丈夫というように笑う。
これくらいで倒れてちゃ、情けなさ過ぎる。
「その…だな、クラウドは吸血鬼なのか?」
そう尋ねられた。
まぁ…。
曖昧な返事を僕は返す。
出来のいい吸血鬼ではないから。
「血とか、吸ったりするのか?」
僕は、吸わない。
血を吸わない吸血鬼(ベジタリアン)だからね。
胸を張る僕を見て、ジャンの強張っていた顔が緩んだ。
自分が喰われちゃうんじゃないかとか思ってたらしい。
そんなことしないに決まってるのに。
「じゃあ、吸血鬼と言わないんじゃないか」
そんなことないよ。
小さいものなら、手を使わなくても動かせるし…。
「マッチは、それを使ったんだな」
納得したようにジャンは頷いた。
他に何があったかな?
僕は、腕を組んで考える。
あと…、
人の考えてることも読めるよ。
ただし、その人に触れないとダメとか、目が赤くないといけないとか色々制限があるんだけど…って、大丈夫?
ジャンはビクッとする。
「い、いやっ、なんでもないっ」
なんでもないわけないよ。
その慌てよう。
僕は、ジャンに手を伸ばした。


゛バレるじゃないか。いつもと違うクラウドに…゛


触れた先から、ジャンの思っていることが伝わる。
僕は、自分が赤くなっていくことが分かる。
ジャンは、そんな僕に気付いた。
「よ…読んだんだな」
ジャンは俯いて、わなわなと震える。
慌てて、僕は誤魔化す。
よ…読んでないって!!
ジャンが僕のことをカッコいいと思ったことなんてっ。
そう言ってから、僕はしまったと気付いた。
けれど、もう遅い。
ジャンは耳まで真っ赤な顔をあげて、叫んだ。




「忘れろ忘れろ忘れろーッ!!!」




ジャンには悪いけど、凄く嬉しかったから、一生忘れないと思う。
僕は、そう心の中で思った。






-ジャンの疑問-

「でも、なんであたしが一人で話しているように見えたんだ?」
さっきは、クラウドのこと みんな見えてたじゃないかと、ジャンは尋ねた。
それは、僕の目が赤かったからだよ。
吸血鬼の目が黒いときは弱っているときだから、人間の目には映らないようになっているわけなんだ。
僕の場合は弱っているんじゃなくて、血を飲まないからなんだけど。
と僕は説明した。
けれど、ジャンはまだ納得のいかない顔を浮かべている。
「でも、あたしは人間だけど、最初からクラウドが見えたぞ」
んーと僕は考えてから、言った。
実は、ほんとに魔女なんじゃない?
「そんなことあるかっ」
魔女って箒乗ったり、魔法使うんだろ!?と、僕に同意を求めた。
そういうのは大昔で、今はちょっと人間よりも薬の調合に長けてるだけだよ。
ほんとかっ!?と僕の話を聞いて、ジャンは慌てた。
少しだけからかうつもりが、慌てるジャンが可愛くて止めれなくなった。
だから、本当の理由は、また今度話そう。
まだ慌ているジャンを見て笑いながら、僕は決めた。





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