桜の行く末 ここから見える、 少し私よりも固く大きな肩。 思ったよりも広い背中。 それは、 遠ざかっていく貴方のものでした。 貴方と出会ったのは、この町の曲がり角。 お互いに別々の理由で急いでいて、勢いが止まらずぶつかってしまったのでしたよね。 倒れ込んだ私に手を差し伸べて、着物の汚れを払ってくれました。 貴方の方が汚れていたのに、自分のことを放って、笑って。 あのとき、会わなければ良かったのに…と思うのに、 それでも、あの笑顔は忘れられないのです。 それから、時々、町外れの古ぼけたお寺で皆が寝静まる夜に会って、他愛もない話をして笑って過ごして、元の場所に帰っていました。 昼は会話も会釈もしない。 夜にほんの少し会って話すだけ。 そうしなければいけなかったのは、私がただの町娘で、貴方は町奉行の跡取りであったからなのです。 それは、最初から分かっていて、終始考えさせられ、最後まで気付きたくなかったこと。 あぁ……。 何故、私は町娘なのでしょう? 何故、貴族の娘ではないのでしょう? 自問自答しても見つからない答え。 それでも、どれだけ探したことでしょう。 そして、今晩。 貴方は言いました。 「君は、遊びだったんだ」 私も遊びだったのです、と言うはずだったのに俯いた顔が上げられなくて。 貴方は罵ることもせず、かといって慰めるわけでもなく、ただ立って。 この日が来るのは知っていました。 そして、近いことも。 皆が貴方の結婚を至るところで話していたのです。 「私も………遊びだったのです」 やっと出せた、笑って言うつもりだったその言葉は震えてとても小さかった。 「そうか」 ただ、貴方はそれだけ言いました。 俯いていたせいで顔までは見えませんでした。 でも、そう言った声には少しも震えを感じられなかったのです。 何刻、このまま立っていたでしょう。 長いようで、短かかった。 貴方が口を開きました。 「…じゃあ、さよなら」 そして、私の返事も待たずに、背を向けて町へと続く道を行くのです。 貴方は悲しいという感情を少しも見せずに、 ただ淡々と告げて、 一度も振り返らず去っていく。 だから、飲み込んだ言葉たくさんあります。 貴方がそうならば、私も泣き言を…ましては泣いてなどいられないでしょう? でも、今だけは…、 どうか今だけは許してください。 貴方の背中が見えている間だけ、 泣かせてください。 潔すぎる貴方の背中は強くて、けれど脆く見えるのです。 抱きしめたいと思うほど。 風に吹かれて、花弁が舞っています。 白くて、仄かに桃色の花弁。 これなら、貴方に届けてくれるでしょうか? 最後まで言えなかった言の葉たちを。 貴方を苦しませることなく、悲しませることなく、そっと。 貴方の背中は、もう見えなくなる。 最後に貴方の背に向かって、口に出さずに心の中で呟くのです。 ゛さようなら、愛しき人゛と。 桜の行く末 (どうか、貴方の元へ) |