エリートの流儀・参

現時刻、19:40


少し早めに着いた舞は、家康像の近くにあるベンチに座って溜息を付く。
バッチリだよ舞さん!と満面の笑みで見送られたが、本当に大丈夫なんだろうか。
不安になって顔を俯かせると、あちこちから視線を感じてすぐさま顔をあげる。

通行人がやたら舞に視線を送ってくるのだ。
そんなに変なのかと冷や汗をかいた舞が視線を彷徨わせ、また顔を俯かせる。
夜になると少し肌寒く、上着着てくればよかったな・・・とぼやいた。




「こんばんは」

「!」




顔を上げると、そこに居たのは佐々木ではなく見知らぬ男だった。
こんばんは、と返すと男は隣に座り、待ち合わせですか?と問いかけてくる。
そうですけど・・・と居心地悪そうに距離を置くと、男は笑みを浮かべたまま距離を詰めた。




「綺麗な方ですね。モデルさんですか?」

「は・・・?い、いえ、違いますけど・・・」

「そうなんですか!?本当に綺麗な人だから、僕びっくりしちゃって。でもそれなら良かった、芸能事務所とか興味ありませんか?」

「ないです・・・」

「もしかして働いてらっしゃる?」

「は、はぁ」




何だコイツめんどくせェ!

最近思考が土方に似てきた舞がそんなことを考えていると、男はこういう者ですが・・・と名刺を差し出す。
受け取ろうとすると、名刺は誰かに取り上げられてしまった。




「最近この事務所に詐欺被害にあったというニュースを聞きましたが」

「な・・・誰だあんた、いきなり失礼じゃないか?僕はそんなこと・・・」

「ああ失礼。私こういう者です」




警察手帳を見るなり、勢いよく逃げ出す男。
舞が呆然としていると、大丈夫ですか?目の前で手をひらひらと振られて顔を上げた。




「こんばんは。お待たせしてすみません。とは言っても暇つぶしはできていたようですが・・・」

「こんばんは・・・えっと、佐々木殿」

「プライベートですから殿など堅苦しいものは必要ありません。舞さん、とお呼びしても?」

「は、はい」

「では私のことは異三郎さん、と」

「で・・・できませんよ、そんな、」

「装いが変わると随分としおらしくなるんですね。ああすみません、別に苛めているわけではありませんよ。褒めているんです」




佐々木はグレーの同系色でまとめたスーツを着ており、舞のワンピースを見てお揃いになってしまいましたね、と手を差し出す。
何の手か分からずきょとんとする舞に、エリートはエスコートするものです、と至極真面目な表情で舞の手を取った。
そんなに歩きませんのでご安心を、と言った佐々木だったが。
ヒールの高い靴にあまり苦戦していない舞を見て驚いた表情を見せる。

それに気付いた舞は少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべたあと、今日一日ぐらいならエリートの傍に居ても恥ずかしくない女になれます、と佐々木を見上げる。




「・・・思っていたよりも手強そうですね」

「ありがとうございます」

「行く場所は大江戸ホテルですが、行ったことは?」

「前に警備で行ったぐらいで、プライベートでは初めてです」

「そうですか。楽しんでもらえるよう努力します」




相変わらず無表情で言うものだから、冗談なのか本気なのか分からない。

家康像から大江戸ホテルまで距離はあるが、タクシーで移動するのだろうか。
舞がそんなことを考えていると、佐々木が車で行きます、というものだから驚いた。
・・・まさか自ら運転するのか。
段々気が重くなってきた舞を他所に、ポケットからキーを取り出した佐々木は近くに止めていた車のドアを開ける。
どうぞ、と言われて重い足を引きずるように乗ると、佐々木は運転席に乗り込んで車を発進させた。




「随分と緊張しているようですが」

「・・・ささ、・・・異三郎さんと会うのが2回目で、こういう場だからちょっと緊張しています」

「そんなに固くならないで下さい。確かにエリートである私と食事など凡人である貴女にすれば夢の様な話かもしれませんが・・・」




そこまで言って、佐々木は横目で舞を見る。
視線に気づいて顔を上げれば、佐々木は今の貴女は立派なエリートですよ、と笑った。

・・・笑った?
舞が笑顔に驚いているのを、褒められたことに驚いたと勘違いしたのか佐々木は更に付け足す。




「十分私に見合う女性だと言っているのですが」

「・・・は、はぁ」

「・・・私よりバラガキのほうが良いとでも?」




そんなに仲が悪いのか。
この場に土方が居たら怒鳴り声が響いただろうなぁ・・・と苦笑いした舞は、そういう訳じゃありませんよ、と首を振る。
じゃあどういうことなのかと言いたげな表情の佐々木を見て、舞は渋々口を開いた。




「私、今まで恋人が居なかったもので・・・異性と二人で、しかもプライベートで外に出るのは初めてなんです」

「!」




一瞬ハンドルが大きくぶれ、車が蛇行しかけたがすぐに元に戻る。
無表情のままの佐々木が何を考えているのか分からず、舞があの・・・と声をかけた。

佐々木はエリートとしたことが取り乱してしまいました、とずれていたモノクルをかけ直し、




「すみません。意外だったもので」

「意外・・・?」

「貴女は・・・土方さんと交際しているものだと思っていたので」

「え」

「ニュースや雑誌で取り上げられているのは、いつも二人ですから。てっきりそうなのかと」

「違いますよ!副長補佐だからです!」




大きな声を出してしまい、すみません・・・と小声で謝る。
佐々木は珍しく表情を崩して笑うと、構いませんよ、とハンドルを握り直す。


それから数十分もしない内に大江戸ホテルにつき、佐々木は一旦下りて助手席のドアを開く。
再び差し出された手を今度はすぐに取って車から降りると、どこから現れたのか白い隊服を着た人間が出てきて局長、と声をかける。
お願いしますよ、と一言だけ言うと男は車に乗り、そのまま去って行ってしまう。
呆然と見送る舞に、行きますよと言って舞の手を取ったまま歩き出した。




エリートの流儀
(あの、今の人は・・・?)
(私の部下です。車を止めに行かせました)
(・・・最初から部下の人に運転させればよかったんじゃ・・・?)
(私が運転したかったもので)
(は、はぁ・・・)

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