残業手当の代わりにドーナツはいかがですか

きょ・・・局長ォォ!


エリートとは思えぬ悲鳴に眉間に皺を寄せ、一旦筆を置いた佐々木は何事ですか、と尋ねる。
部屋に飛び込んできた部下はあの、あの、と気が動転していた。
ドーナツを口いっぱいに頬張っていた信女が顔を上げると、いつの間にか部屋に入ってきていた第三者がにこりと笑って信女を見下ろしている。
気配を感じなかったことに驚いたのか、刀を抜こうとした信女にやめなさい!と一喝し、笑みを浮かべたままの人物に溜息をついた。




「・・・何の用ですか、総監」




突然見廻組にやってきた舞は、いやぁ佐々木君が最近活躍してるって聞いたからつい、と笑みを崩さないままソファーへ座る。
警戒したままの信女に、舞はこれお土産、とドーナツを差し出した。・・・のだが。

反射的に手ごと噛み付いた信女に、佐々木は慌てて引き剥がしにかかる。
歯型がくっきりと残ってしまったのを見て、佐々木は信女の頭を押して無理矢理謝罪させた。




「申し訳ありません総監。信女さん、この方は上司です」

「・・・申し訳ありません」

「気にしてないからいいよ?もう一個食べる?」

「食べ「信女さん!」

「ぶっ・・・あはははは!!いやー、ほんと佐々木君面白いなあ。今井信女ちゃんもこんなカワイコちゃんだなんて知らなかったよ。周藤舞です、よろしくね信女ちゃん」

「異三郎、この人いい人」

「ドーナツで釣られないで下さい・・・」




あっさりと買収されてしまった部下に溜息をつき、モノクルをかけ直す。
椅子に座って深い溜息をつく佐々木を他所に、舞はにこにこと笑ったままだ。

信女がドーナツを食べたのを確認すると、また一つ食べさせてやる。
仕事に戻ろうとした佐々木だったが、その光景を睨み付けるように見てしまう。
視線に気付いた信女が口元に小さく笑みを浮かべ、舞からドーナツを取ると逆にあーん、する体勢になった。
ガタッと大きな音を立てて立ち上がる佐々木に、舞はああごめん、と苦笑いして立ち上がる。




「仕事の邪魔だよね。ごめんごめん、すぐ帰るから」

「舞さん、異三郎はあーんして欲しいって言ってる」

「信女さん?そんなこと言ってないんですが。エリートが上司にドーナツを食べさせてもらうってどんな光景ですか」

「え、そうだったの?佐々木君も可愛いところあるなぁ。じゃあはい、あーん」




口元にドーナツを突きつけられ、渋々口を開ける。
身長差のせいか少し背伸びをしている舞が可愛くて、仕返しに出た。

ドーナツを半分だけ食べ、残りを奪い取るようにして信女と同じように舞の口元へドーナツを差し出す。
きょとんとしていた舞だったが、ぱくりとドーナツを口にして、もぐもぐと口を動かした。
親指を立てる信女の指をへし折りたい衝動に駆られていたが、佐々木君、と小さな声が聞こえて視線を下げる。




「あ、・・・ドーナツ、美味しいね。うん、買ってきて良かった」




顔を赤らめる姿に一瞬思考が停止する。

途端に真顔になった佐々木を見て、舞はお邪魔しました!と言って部屋を飛び出していった。




「異三郎、追いかけなくていいの?」

「!」




弾かれたように部屋を飛び出す異三郎に、信女は無意識の内に笑みを浮かべていた。


物凄いスピードで走る舞に佐々木は追いつけないと判断したのか、総監!といつになく大声で叫ぶ。
局長である佐々木がそんな大声を出したものだから全員が振り返ると、屯所を出ようとしていた舞も足を止めた。




「・・・今度は、来る前に一言言ってから来てください。お茶でもドーナツでも何でも用意します」

「仕事してる佐々木君が見たかっただけだからいいの!邪魔してごめんね」

「邪魔ではありません」

「・・・でもさっき怒ってなかった?」

「・・・怒ってません」

「・・・そっか」




嬉しそうに笑みを浮かべた舞だったが、車がやってきたのを見てありゃ残念、と眉を下げる。
車から降りてきた松平が総監んんん!!と叫んだのを見て、佐々木は逃げ出してきたんですか、とジト目で舞を見た。




「サボってるとかそんなんじゃないよ?ただ」

「ちょっとォォ!オジサンの首飛んじゃうからサボるのやめてもらっていいかなァ!!」

「・・・サボりじゃないですか」

「あああ!もう!松平君、佐々木君からの好感度が下がっちゃうじゃん!なんてこと言うの!」

「オジサン迎えに来たのに理不尽じゃァないですかねェ・・・」

「今戻るから!・・・佐々木君」




はぁ、と溜息を付いた佐々木の元に舞が駆け寄ってくる。
ドーナツありがとうございました、と軽く頭を下げたとき、舞が少し背伸びをして佐々木の頬に口付けた。




「・・・顔赤いよ、エリート君」

「・・・」

「ぶ、・・・っふふ、お邪魔しました!またね佐々木君!信女ちゃんにもよろしく言っといてー」




まるで台風のようだ。

車が遠ざかったのを確認し、佐々木は頬に手を当てる。
じんわりと感じる熱に何度目か分からない溜息をつくと、部屋に戻って仕事を再開したのだった。



残業手当の代わりにドーナツはいかがですか
(お帰り。・・・顔赤い)
(・・・久しぶりに走ったので)

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