第二十一章 新天地
慶応元年四月。 新選組は壬生の八木邸から、西本願寺へ屯所を移転した。 お西さんの愛称で親しまれているこの寺は、京の人々の拠り所である。 そんな寺に屯所を置き、刀や大砲を持ち込んだ新選組は、ますます冷たい目で見られることになった。 綾はようやく江戸から戻った平助と共に、巡察に出た。 昼間の巡察は八番組と一番組の合同である。 戻ってからも報告や事後処理で忙殺されていた平助は、物珍しそうに京の街並みを見渡した。 「なんか変わったなぁ…」 「え?」 平助の独り言に、隣に並んだ千鶴が反応する。 二人の後ろを歩いていた綾も黙って平助を見遣った。 「しばらく見ねぇうちに、町も人も随分変わっちまった気がする」 「平助くん…?」 「あ、いや、何でもねぇ」 呟いた平助は、特に同意を求めた訳ではなかったらしく、不思議そうな千鶴の表情に気を留めずに辺りを見渡している。 僅かに顰めた眉に、不信感が募っていた。 それを後ろから眺めながら、綾は人知れず溜め息を吐く。 江戸から戻って以来、平助はずっとこの調子なのだ。 平助が長旅から帰って一番驚いていたのは、何といっても山南の羅刹化である。 慕っていた兄弟子が羅刹になっていた。それも脱走を企てた咎を受けて。 無論近藤や土方が嬉々として彼を羅刹にした訳ではないし、むしろ山南本人からの願いではあったが、それを解っていても平助には許し難いことだった。 自分であれば殴ろうが蹴ろうが、何としても止めたのに。許可を出すなど、一体何をしていたのか。 だいたいそこまで追い込まれる前に、何とでもなったはずだ。どうして誰も気づいてあげられなかったのか。 …どうして、自分はそんな時に江戸になどいたのだろうか。 後悔が押し寄せては渦巻く。平助は京に戻って以来、ずっと考え続けていた。 どうして自分は何も出来なかったのか。 一番腹が立つのは自分自身に対してだった。 それに京に戻って驚愕したのは、新選組の雰囲気が変わってしまったことだった。 山南の羅刹化だけではない。単純に殺気だった空間になっている。 以前からお気楽な場所という訳ではなかったが、こうも日常的に殺気をむき出しにしていた訳でもなかった。 近藤派と伊東派の対立は、日に日に膨張していた。 平助は伊東の弟子であり、北辰一刀流の門下生である。 しかし、近藤派とは試衛館時代からの浅からぬ仲だ。近藤や土方には随分助けられたし、原田達は弟のように可愛がってくれた。流派を超えた、居心地の良い仲間たちだ。 両極の対立に胸を痛めない訳がなかった。 本日何度目かになる溜め息を吐きながら、平助は京の町を見渡した。 何も変わっていないようで、どこか違う。 京の町も、新選組も、自分達も。 変わらないものなど、何もないのだろうか。 綾は平助が遠くなった気がした。 思わず引き留めようと、腕を伸ばしかける。が、不意に腕を掴まれて弾かれたように顔を上げた。 いつの間にか隣に並んだ沖田が、無言で首を振る。 今は何も、と翡翠の瞳が言った。 確かにそうだ。身体は引き留められても、心まで留め置くことは出来ない。そんなことは解っていた。 それでも納まりがつかなくて、綾は目を伏せた。
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