第二章
志
壬生浪士組に入ると決めたものの、綾の周りは障害だらけだった。 徳川家の血を引いており、現在は会津藩主の娘だ。 人に知れぬ存在とはいえ、簡単に浪人集団に入れる訳がなかった。
まず初めの難関は染であった。 篠山染は綾付き筆頭侍女であり唯一紀州時代からの側近で、綾にとっては姉のような存在だ。 乳母の娘で綾の乳姉妹の姉である染は、幼い頃から一番の味方でありあれこれと身の回りの世話をしている。
だから壬生浪士組に入りたいと言い出した時は驚き、そして即座に反対した。 染も虐げられてきた綾を近くで見ていたので、他人の噂話だけで物事を判断するような性分ではない。 壬生浪士組に特段の偏見があるわけではなかったし、むしろ容保が信頼しているということで好意的であった。 が、それとこれとは別問題である。 綾には厳しい口調で反対した。
しかしそれでも折れぬ固い意志についに染は諦めて了承した。 綾の頑固さは筋金入りである。 自分がこうも徹底して反対したのに受け入れないから、この先例え生涯かけても折れないだろうと思った。
次の難関は養父の容保だった。 容保は染以上に強固であった。 養女として迎入れたとはいえ、綾は確かに紀州徳川の血を引く。 しかも家茂は、密かに姉を頼むと文を送っていた。 忠誠心が篤い容保は家茂の言葉を重く受け止め、然るべきところへ嫁に出すため色々と選別をしていたのだ。
その大事な綾姫を浪人集団に混ぜる。 とんでもないことだった。
いくら信頼していても、所詮は浪人だ。 ましてや彼らが人斬りであると、主君筋の容保は知りすぎるほど知っていた。 綾がいくら刀に秀でた才能があっても、勝負は時の運。何があろうとおかしくない。 大怪我をしたり最悪死ぬこともある。 とてもじゃないが、そんな場所に遣れるわけがない。
しかも女人禁制なので男装をして入隊するという。 容保は頭を抱えた。 どうしてこうも無茶苦茶なのか。 綾の人柄自体は好ましい。 頑固なところが玉に瑕ではあるが、勇ましく頭がいいし気が利く。 だからこそ危険な目に遭わせたくないというのに。
弱りに弱った末、容保はちょうど孝明天皇に拝謁するため入洛していた家茂に説得するよう頼んだ。
数日後、密かに家茂は綾を二条城に呼び出した。 奇しくも二人の再会は五年ぶりであった。
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