「それで雪之丞くん、これから暇?」
沖田に尋ねられて綾は面食らったが、直ぐに頷いた。
「巡察も終わりましたし、空き時間ですが…」 「良かった。じゃあ君もついておいでよ」 「え?」 「これから島原行くんだ」
その言葉を聞いて、綾は戸惑う。 男装していても自分は紛れもなく女である。 島原は女人禁制という訳ではないが、やはり男の楽園である。 何をする場所なのか、いくら姫育ちとはいえ綾は存じている。 困惑は表情に表れていたのだろう、沖田は笑った。
「お酒を飲むだけだよ。芸妓さんを呼ぶとは思うけど、それだけ」 「でも…」 「平助、左之さん、山南さんも行くよ」 「山南さん、ですか?」
意外な顔ぶれに思わず問い返した。 平助や原田はよく島原に出かけているが、山南は腕の怪我云々を抜きにしてもそのような場所を好む性格ではない。 そもそも本来沖田自体も島原に出かけることは稀なのではないだろうか。 完全に訳が解らない、という顔をした綾は、素直に沖田の次の言葉を待った。
夏の日差しが容赦なく肌を焼く。 強い光はタライに張られた水に反射して煌めいた。
「部屋に籠ってばかりじゃ、身体に悪いからね」
沖田が静かに告げる。 綾はようやく島原行きの真意に気付いた。 部屋に引きこもっている山南の憂さ晴らし。
皆は特に話し合ったりはしないが、日に日に表に出なくなっていく山南のことを案じていた。 一人きりになって暗い部屋に籠っていては、ますます気が滅入る。 そこで華やかで浮世離れした場所に連れだそうと考えた。 山南は真面目だが融通が利かない訳ではない。酒もよく嗜む。 憂さ晴らしに島原はもってこいの場所だ。
理由を察した綾はようやく微笑んだ。
「直ぐに支度するので待っていただけますか」 「早くしないと斬っちゃうよ」 「了解です」
沖田の軽口をかわし、綾は着替えるために部屋に戻ろうとして、ふと振り返る。 先ほどから黙って成り行きをみていた千鶴と目が合った。
いくら男装しているとはいえ、流石に千鶴は島原に連れて行けない。 まだ千鶴は新選組の監視下にあって、巡察の同行以外で外出を認められてはいない。 申し訳なく思うも仕方のないことだから、綾は代わりに言った。
「お土産、楽しみにしていてね」
自分を気遣う優しい言葉に、千鶴は嬉しそうに頷いた。
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