刀を構えながら部屋に踏み込むと、沖田と金髪の青年が間合いを取って向かい合っていた。 綾は信じられない光景に目を見開く。 沖田の口の端に血がこびり付いていた。
二人はどちらともなく踏み込み、刀と刀を交える。鋭い金属の音が連続して響いた。 青年の剣筋は滅茶苦茶で、とてもじゃないが誰かに師事したように見えない。だというのに滅法強かった。 なんせ沖田の剣を防ぎきれているのだ。素早く重い、一番組組長の剣を。
沖田が繰り出した突きを青年は難なく受け止めた。
「この程度の腕か」
青年が嘲笑と共に吐き捨てると、沖田の顔があからさまに歪む。 沖田は間違いなく新選組屈指の腕前だ。沖田を前にするとどんな剣豪でも赤子のようだと云われた。 その沖田が押されている。俄かには信じがたい光景だった。
青年が沖田に体当たりをすると、沖田は軽々と飛ばされた。 壁にぶつかり反動で血を吐く。 気付いた時には綾は飛び出していた。
「なんだ貴様は。コイツの仲間か」
感情の見えない平淡な声音で青年が言う。 青年の赤い瞳を睨みながら綾は刀を下段に構えた。 肩に負担がかからないようにするが、やはり激痛が走る。 それでも青年に悟られないよう無表情に徹した。
「八番組伍長近藤雪之丞だ。沖田組長に代わって俺がお相手する」
綾は声を低くして怒鳴るように言った。沖田は目を見開く。 驚いて凝視する沖田の視線を、綾は無視した。 自分でも解らなかった。何故沖田を庇っているのだろう。 それでも放っておくことは出来ない。後悔はしたくなかった。
青年は静かに綾を眺めていたが、ふいに口角を上げた。
「ふん、いいだろう。少し手ごたえあるのだろうな?」 「一応伍長を任されているからな。それなりと自負している」
脂汗が額を伝っても、綾は顔を歪めなかった。 今左肩のことを悟られる訳にはいかない。幸い着物には返り血が点々としており、どれが自分の血か自分でも判別出来ない。 態度さえ変えねば、怪我は気付かれないはずだ。 綾は強く刀を握り直した。沖田の体調が悪い今、自分がやるしかなかった。
青年と間合いを取って睨みあう。 が、突然綾の目の前に沖田が飛び出した。
「あんたの相手は僕だよね。この子に手を出さないでくれるかな」
唐突な行動に綾は目を見開く。沖田は肩で息をしている。相当辛いはずだ。 眉を吊り上げると綾は沖田の隣で構えなおした。
「沖田さんは休んでいて下さい」 「僕は大丈夫だよ」 「大丈夫な訳ないじゃないですか」 「大丈夫って言ってる!」
沖田が怒鳴る。綾は瞠目した。 普段嫌みを言うが、沖田はあまり声を荒げたりしない。あくまで穏やかな態度を崩すことはない男だ。 なのにその沖田に怒鳴られたことに驚愕したのだ。 それほど沖田は余裕がなかった。
青年はじっと二人を観察していたが、不意に刀を鞘に納めた。
「何のつもりだ」
沖田が怒りを露わにすると、青年はふっと鼻で笑った。
「お前達が踏み込んできた地点で俺の役目は終えている」
役目を終えている?綾は顔を顰める。まるで長州の会合が自分に関係のないことのような言い方だ。
「待て!」
沖田が叫ぶが、青年は嘲笑一つ残し窓から飛び降りてしまった。 力の限界だったのか沖田が倒れる。綾は慌てて彼に駆け寄った。
「くそっ…」
心底悔しそうに沖田は言い放った。 綾はそんな彼を抱きかかえると、沖田の口元についた血を拭った。 顔に触れた途端、ハッと息を飲む。 綾は沖田の額に手を伸ばした。
「熱があるじゃないですか!どうして…」 「…僕は一番組の組長だから、ね」
常時に比べ弱々しい声に、綾は唇を噛んだ。 沖田は体調が悪いのに討ち入りに参加したのだ。 せめて潜伏している時にでも気付けば良かったのに、それどころか吉田と対峙した時に庇って貰ったりと迷惑ばかりかけた。 情けなかった。これでは役立たずと罵られても仕方ない。綾の胸に靄がかかった。
「沖田さん…」 「そんな顔しないでよ。僕が勝手にやったんだから」 「でも…」 「僕は近藤さんの右腕だ。近藤さんの役に立ちたいんだよ」
素っ気なく言い放つと、沖田はそのまま瞼を閉じた。 気を失ってしまった沖田を、綾は助けが来るまで抱え続けていた。
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