屯所内は活気づいている。 初めての派手な大捕物だ。浮かれない方が可笑しいのだ。
綾も意気揚々に平助と共に支度をしていた。 刀の手入れをし、軽く身体を動かしておこうと話しているところで、不意に平助が足を止める。 何事かと視線を追えば、その先に千鶴がいた。
千鶴は一人部屋の前の縁側に腰掛けていた。こちらには気付いていないらしく、視線は庭に向けられている。 その表情が暗いことに驚き、平助と綾は顔を見合わせた。
「千鶴!どうしたんだ?」 「あ、平助くんと綾さん」
千鶴は二人に向かって微笑むが、どこかぎこちない。 一体どうしたと云うのか。ますます訳が解らなくなって、綾は首を傾げた。
「元気ないけど、何かあった?」 「あ、いえ、その…」 「どうしたんだよ、言ってみなって」
代わる代わる促され、千鶴は俯くがポツリポツリと理由を語り始めた。 平助と綾は新選組内でも親しい人物だったので、話すなら彼らしかいないと千鶴自身も思ったのだった。
訳を聞くうちに綾は納得した。 どうやら一番組が斬り合いをしているところで、邪魔にならぬよう避けたつもりがそこがたまたま枡屋だったらしい。 騒動が起こってしまったのは全くの偶然だったのだ。
「ごめんなさい、私のせいで皆さんに迷惑をかけて…」
消え入りそうなくらい小さな声で謝り、千鶴は袴の裾を握り締めた。 酷く責任に感じているらしく、泣くのを我慢しているがその決壊も時間の問題だと思わせた。
何と声を掛ければいいのだろうか。綾は慎重に言葉を選んだ。 千鶴を傷つけずに、尚且つ納得させねばならない。自分たちは何も千鶴のせいだと思っている訳ではないと。
「遅かれ早かれ、きっと枡屋を捕まえることになったよ。だから何も千鶴だけの責任じゃない」 「綾、さん…」
千鶴の潤んだ大きな瞳を見つめ、綾は柔らかく微笑んだ。 歳はあまり変わらないはずだが、千鶴はどこか少女の面影を残している。 ふと妹がいればこうなのかと綾は思った。
「それに大捕物が出来るっていうので、俺達張り切ってるしさ。むしろ踏み込んでくれたことに感謝しているよ。…あ、これ山南さんには内緒だけど」 「で、でも、私があんなことするから沖田さんが…」 「総司の監督不行き届きっていうのは、あながち間違ってねぇよ」
今度は平助が声を掛ける。 ポン、と綾の手のひらが千鶴の頭を優しく撫でた。
「総司はその、斬り合いになったら周りが見えなくなるからなぁ。好戦的過ぎるっていうか」 「いやいや、好戦的なのは平助もじゃん。人のこと言えないって」 「は?ておい、今いいこと言ってんだから、水を差すなよ!」 「けど本当のことだしね。沖田さんの名誉の為にも。今日八番組に付き添っても、千鶴は巻き込まれちゃっただろうね」 「…それって、お前も千鶴放り出して斬り合いに行っちゃうってことなんだけど」 「多分そうなるねぇ」 「うわぁ、ちょっと、八番組が馬鹿だと思われるから、そういうの止めておこうぜ!」
突然軽い掛け合いを始めた平助と綾を、千鶴は呆気にとられて眺めていた。が、彼女はやがて笑顔に変わった。 クスクスと小さな笑い声を立てる千鶴を見て、二人は安堵の溜め息を漏らす。 いつまでも責任に思って欲しくなかった。
「というわけで、どっちにしろ巻き込まれちゃったから気にすんなよ」 「終わったことは仕方ないしね。だから、千鶴は俺達の無事を祈っていて」
柔らかく言えば千鶴は目尻の涙を拭い、はいと元気よく頷いた。 そしてありがとうございます、と笑う。
平助と綾も顔を見合わせ、そして大きく笑った。
続
[←] [→] [栞をはさむ]
back
|