三人が広間に到着すると、既に招集をかけられた者は皆揃っていた。 組長達と一部の伍長である。 慌てて平助と共に定位置につくと、見計らったように土方が話を切り出した。
「先ほど枡屋喜右衛門こと古高俊太郎の尋問を終えた。こう言っちゃ何だが、連中はいかれてやがる」 「一体何を自白したんですか?」
沖田が尋ねると、土方は表情を険しくした。
「六月下旬の風が強い日を見計らい京に火をつける。その混乱に乗じて松平容保様以下佐幕派大名を殺害し、天子様を長州にお連れするんだとよ」
しん、と一同は静まり返った。信じがたい話だった。あまりにも非常識だ。 場にいる皆が深刻な表情になる。もし本当ならば捨て置けない事実である。
特に綾は厳しい顔つきになった。容保を殺す。しかも佐幕派大名の中には桑名の定敬も含まれるだろう。養女として出された松平一族を根絶やしにするつもりなのか。 正直他人事ではなかった。
しかも天子様を連れ去ったり、京を焼き尽くすなど正気の沙汰ではない。 綾は歴史ある京の町が好きだった。そこに息づく文化や人々が好きであった。近藤が守ろうとする、都が好きだった。 だから余計に許せないと思った。
土方は今夜大捕物を決行すると宣言し、各組長に動ける隊士の数を確認した。 京の厳しい夏にやられ、隊内では現在腹痛を始めとした病が横行している。 動ける隊士数が少ないことに苦い顔をし、土方は近藤、山南と少し話しあいを始めた。
「平助」 「…ん?」
その間に綾が小声で呼びかけると、平助が僅かに視線を向けた。 身体が強張るが、それでも叱咤して言う。
「さっきはごめん」
謝罪の言葉に平助は瞠目した。 土方の話を聞き、事態の深刻さを綾はようやく思い知った。 確かに拷問は褒められたことではない。それでも自身の認識の甘さには舌打ちをしたい気分であった。 姫育ちで守られて育ったことを、実感せざるを得なくなってしまったのだ。
平助は気まずそうに頭を掻いた。
「いや、俺の方こそ言いすぎた。きついこと言ってごめん」 「そんなことないよ。俺が甘かったんだ。気付かせてくれてありがとう」
心の底から綾が礼を言うと、平助は意外そうな顔をしたが直ぐに微笑んだ。
「今夜の割り振りを発表する!」
ちょうど話し合いを終えたらしい土方が宣言すると、再び場が静まる。 土方は会合が行われそうな宿を数個紹介し、そのうち二つに絞ったと告げた。
「池田屋と四国屋だ。ただし池田屋は常時会合があっているから、今夜は場を変えて四国屋にするだろうというのがもっぱらの見解だ」 「じゃあ、四国屋だけに討ちいるのか?」 「いや、念のため池田屋にも裂く。そう人数を割り当てるわけにはいかねぇけどな」
原田の問いに、土方は首を左右に振った。今夜一度きりの機会であるから、失敗は許されないという。 辺りには緊張感が立ち込めた。
「池田屋は人数が少ねぇから、少数精鋭にさせてもらった。では発表する」
土方は半紙を掲げた。
「近藤局長以下、沖田、永倉、藤堂…」
次々と名前が読みあげられていく。確かに皆腕が立つ者ばかりであった。 名前を呼ばれた平助は顔を歪めた。恐らく本命の四国屋でないから残念に思ったのだろうと、綾は苦笑する。平助はどうも好戦的なところがある。
「…奥沢、あとは雪之丞」 「え」
どこか他人事のように聞き流していた綾は、最後に加えられた自身の名に驚いた。 自分が呼ばれるとは思っていなかったのだ。
本日は大捕物である。故に死番よりもよっぽど血生臭いだろう。 だから戦線を外されると半ば諦めていたのだった。
しかし土方は確かに綾の名を呼んだ。自分も参加して良いのだろうか。じわじわと嬉しさがこみ上げた。
「雪之丞伍長」
そんな綾の隣で平助が笑う。良かったな、と目が語っていた。
「頑張ろうな」 「はい、藤堂組長!」
元気の良い綾の返事に、平助もおう!と言った。
[←] [→] [栞をはさむ]
back
|