蕎麦を食べ綾が平助と共に屯所に戻ると、内部はやけに騒々しかった。 二人で顔を見合わせ、首を傾げる。屯所を出てそう長居したつもりはなかったが、一体どうしたのであろうか。 とりあえず事情を聞くべく奥に上がると、ちょうど斎藤と出くわした。
「一くん!」
平助が声をかければ、斎藤はゆっくり振り返った。 顔を顰め、視線をこちらに寄越している。
「平助と綾、か。このような大事に何処に行っていた」 「大事って?何があったの?」 「…枡屋を捕えた」
思わず平助が声を上げる。枡屋喜右衛門は幹部会でも度々上がった要注意人物である。確か監察が探っていたはずだ。 綾も不用意に枡屋に接触しないよう、幾度となく言われてきたので知っていた。その枡屋を捕縛したということは、監察が何か手柄を上げたのだろうか。
しかしその考えはすぐに打ち消される。斎藤の表情にどこか苦いものを見出したからだ。
「巡察に行った一番組が枡屋に踏み込んだ」 「一番組が?」
平助が顔を顰めた。当然だ。本日一番組は千鶴を同行させていたはずであり、枡屋に踏み込む密命を受けていたとは考えがたかったからだ。 それを見て斎藤は眉間の皺を濃くした。
「何でも枡屋の前で騒ぎを起こしたそうだ。雪村が言いがかりをつけられ、巻き込まれたらしい」 「千鶴が、ですか?」 「総司の監督不行き届きだ」
何かにつけ沖田と折り合いの悪い斎藤は、自覚が足りないからだと零した。 時には言い過ぎだと思うこともあったが、確かに今回は沖田の注意不足も要因の一つなのであろう。 千鶴が初同行ということを考えれば、いつものような動きが出来ないのは解りきったところであるからだ。 可哀想だが、もしや千鶴を連れ歩くのは想像よりも難しいのかも知れないと、綾は今更ながら思った。
斎藤の話だけでは解らないので、平助と共に広間へ向かった。 土方は枡屋の尋問中であり、上役は山南しか空いていないと助言されたからだ。 これからの指示を仰がなくてはならない。
だが二人が広間に到着すると、襖の前には島田がいた。
「藤堂組長、雪之丞さん。お疲れ様です」 「お疲れ。山南さんは中?」
問いかけながらも平助が襖に手を掛けると、島田は慌てて制止した。 会話の内容までは解らないが、中からうっすらと話声が聴こえる。 ああ、と綾は納得した。山南が苛立った口調であったからだ。 どうやら説教をしているらしかった。
「今は中に入らない方が良いですよ。山南総長は怒り心頭ですし」
島田の忠告に、平助と綾は苦笑した。確かにわざわざ怒られに入る道理はない。 が、それでも事実を把握しておかねばならないのは、揺るぎなかった。なんせ八番組は組長、伍長揃って状況を解っていないのだ。 しかも本日夜は巡察を控えている。的確な指示を仰がねばならない。
平助と連れ立って前川邸へ足を運んだ。前川邸の土蔵で近藤、土方、原田、永倉が尋問をしているのだという。 とりあえず詳しい話を聞かねばならないと、足早になった。
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