夕食を摂るため広間にいた綾は、遅れてやって来た沖田、斎藤、平助の後ろに千鶴の姿を見つけて驚いた。 これまで千鶴は誰かの監視付きで一人部屋で食事を摂っていたからだ。 恐縮しながら立ちすくむ千鶴を、綾と原田は間に座らせた。
驚愕したものの、千鶴が一同に混じったことに対し綾は安堵を覚えた。 綾は千鶴を見る度に胸を痛めていた。千鶴を以前の自分に重ねて見ていたのだ。境遇は違えど、余所者として扱われているというのは共通点だ。今では綾も組の一員として扱われるが、まだまだ受け入れられているとは言い難い。 そんな境遇で、二人が親しくなるのは半ば当然であった。
千鶴と永倉に挟まれ、綾はのんびりと箸を動かす。 男所帯で武骨なせいか、飯争奪戦などが起こっているのは日常茶飯事の光景だ。 綾は初めて目にした時は腰を抜かしたものだが、今ではただ苦笑を洩らすばかりである。流石に八月からこの光景を見ていれば慣れるのが道理である。
しかし初めてそれを見る千鶴は、目を丸くして呆然と二人を見つめている。
「驚いた?」
綾が尋ねると、千鶴はようやく視線を綾に向けた。その顔には信じられないと書いてあった。
「あの…、いつもあのように?」 「うん。まぁ、ここは男所帯だからね」
すぐに慣れると思うけど、と付け加えながら綾は苦笑した。 案の定千鶴は愕然としていたからだ。町娘として育った千鶴にとって、騒がしい光景は奇特に映ったのだろう。
「悪りぃな。いつもこんなんでよ」
一歩引き全体を見渡すところがある原田が、重ねて言う。千鶴は何度も小刻みに首を振りながらいいえ、と返事をした。
「私は一人で過ごすことが多かったから、こういう風に大勢で食べるのが楽しいです」
笑んだ千鶴を見て、原田と綾は顔を見合わせた。 てっきり呆れているだろうと思ったのだが。良い意味で意外だったと、綾は目を細めた。
千鶴とは初めて会話して以来、何度か話す機会があった。話せば話すほど綾は千鶴を気に入っていた。 優しく思い遣り溢れた子。同性の友達というのがいない綾にとって、千鶴はまさに理想の女友達だった。
無論千鶴の方は綾がよもや女だとは気付いていない。 にわか仕込みの千鶴とは違い、綾の男装は板についている。
皮肉にも影武者として育てられたことが、新選組では効果を発していた。訳を知っている幹部以外で綾を女だと見破る者はいなかった。線が細く中性的な男性とされている。綾が剣術に秀でていることも、男装に一役買っていた。
「綾さんは争奪戦に参加しないんですか?」
いつの間にか斎藤まで加わった取り合いを見て千鶴が問う。それに綾は苦笑した。
「俺が参加しそうに思う?」 「あ、いえ。あまり…」 「雪之丞は食が細いからな」
言い淀んだ千鶴の頭を原田が軽く撫でた。綾は格別食べないわけではないが、男の中に混じるとやはり細いように思われる。人の飯を奪うほどではないのだ。
「千鶴はお腹いっぱい食べてる?」 「はい。十分すぎるほどいただいています」
話の流れを変えるよう綾が尋ねれば、千鶴は花が咲いたように笑った。良かったと綾も微笑む。 二人を原田は目を細めて見守っていた。掃き溜めに鶴とはこのようなことなのだろうかと、原田は思った。
[←] [→] [栞をはさむ]
back
|