五月雨 | ナノ










「お付き合い下さってありがとうございました」
「礼には及ばん」


新しい刀を抱えた綾に、斎藤は素っ気なく返答した。多少時間はかかったが、良い刀は手に入った。斎藤は自身が申告していた以上に通じていた。


予備刀とはいえそれなりの物ではないと恰好がつかないし、第一直ぐ駄目になってしまう。斎藤は綾の予算の中から尤も良いと思われる刀を探してくれた。無銘が悪い訳ではないが、やはりある程度銘がある方が安心というものだ。


南紀重国までとは言わずとも、綾自身新しい刀が気に入っていた。選んでくれた斎藤の心意気も嬉しい。自然と笑顔になりつつ礼を言った。


「本当に面倒を掛けてしまって…」
「大した手間ではない。気にするな」


今度は斎藤も表情を緩めた。あまり顔色を変えることのない男だが、それ故に瞳で感情を湛えるものだと綾は気付いた。真っすぐな、まるで山奥の泉のような透き通った目の誠実な男である。
それに言葉は少ないが、全てが真実に彩られているというのも斎藤の良い所だ。


本日の一件で斎藤に対する印象は良い方に動いた。平助が言っていた通り、人見知りだったのだろうと綾は思った。不器用ながら優しい人だ。穿ったところのない剣筋からも読み取ってはいたが、自分が思った以上の好青年だ。


「そういえば、斎藤さんは何という刀を使っているのですか?」


不意に気になって綾は尋ねた。斎藤ほどの目利きであれば、それは良い刀を使っているのだろう。
斎藤は自分の右腰を一瞥し、それから綾に視線を向けた。


「鬼神丸国重」
「きじんまる…」
「摂州住池田鬼神丸国重。通称長兵衛。摂津池田の職人の物だ」


それ以上斎藤は特に言わないが、恐らく業物なのだろうと綾は思った。斎藤は物を大事にする性質だが殊更刀には気を遣っている。故に綾の刀の具合も直ぐに気がついたのだ。
斎藤ほどの人が目利きするとなれば、有名な刀に違いない。綾は以前鬼神丸国重のことを耳にしたことがあった。が仔細は知らない。どのような刀なのですか、と尋ねようと口を開いた。
しかしそれは斎藤によって遮られた。


「如何なる刀を使っていようと、全ては持ち主の技量一つだ。ある一定以上の刀を持っているならば残りは己に責がある。刀は持ち主に応えるものだ」
「……」
「時に雪之丞、あんたに尋ねたいことがある」


斎藤の瞳には曇りがない。見透かすような瞳で綾を見た。


「何故刀を握る?」
「え…」
「前々から疑問だった。あんたほどの身分であれば生まれはどうであれ、餓えることはない。手を血で染めることもなかっただろう。それなのに何故刀を握って新選組に入った」


責める口調ではないが、嘘を許さない言葉だった。
斎藤が言っていることは尤もである。綾は確かにどこにいても邪険にされたが、綺麗な着物を与えられ三食口にし暖かい寝所を約束されていた。
会津公の姫として生涯を終えれば平穏な人生だったはずだ。


新選組は給料が良いということで、生きるために所属している隊士もいる。
そのような者にとってみれば自分は贅沢な身の上だと綾自身知っていた。


だからこそ納得のいく答えを用意せねばならないだろう。綾は強い眼差しで斎藤を見返した。


「私の生き方は私で決めたかったのです。誰かに決めつけられ、生かされるのではなく生きたかった」
「お前が生きていくのに、新選組が必要だったと?」
「近藤先生の志に感銘を受けました。それに、私は近藤先生に救われたのです」
「救われた?」
「近藤先生に出会う前は道どころか進むべき方角すら解らなかった。近藤先生はあの器の御方です。迷い嘆く私の手を取り、共に考えて下さった」


綾は出会った時のことを思い出していた。
侍女達に陰口を叩かれ泣いていた自分を連れだしたのは近藤だった。近藤は初対面の若者を元気づけるために蕎麦を食べに連れて行ってくれた。僅かな言葉ながら優しいものを与えてくれた。
高い志に温かい空気。綾は短い時間の中で近藤に惹かれた。


近藤は不思議な男だ。真っすぐで誠実でどこか憎めない、温かい男。知れば知るほど魅力を感じる。
強くてお人よしで…。自分を引っ張り上げてくれた、人。双子生まれの厄介者、親ですら疎んだ存在。どこにいっても邪魔者扱い。そんな綾を無条件に甘やかしてくれたのは近藤だった。


近藤の志自身に感銘を受けたのは本当だ。しかしそれ以上に近藤の人柄に惚れた。近藤を師と仰ぎ、近藤の為に生きたいと、それが自分の望みだとはっきりと思った。
今まで流されるばかりで自分で行方を決めたことがなかった綾が、初めて望んだのは近藤の傍で役に立ちたいと、それだったのだ。


暫し斎藤は綾の瞳を見つめ続けた。瞳に揺れや偽りがないか探るように。
そして彼は溜め息をついた後で、口元を緩めた。


「雪之丞、現在お前は稽古の指導を受けていないな?」
「え、はい」


突然の話題変換に真意を図りかね、綾は顔を顰めた。
そんな綾に斎藤は一度だけ深く頷いた。


「俺が指導しよう」
「…え?」
「嫌か」


虚を突かれ驚く綾に、斎藤が問いかける。綾は慌てて首を左右に振った。


「そんな訳ありません!」
「ならば良い。明日から練習を始める。覚悟しておけ」


そう言うと、斎藤は視線を前に向けた。それ以上何も言うつもりはないようだ。


綾は腕前が腕前なので幹部程度の人間でなければ、指導出来ない。だが流派違いや遠巻きにされていることもあり、指導者がいなかった。
斎藤の申し出は有り難かった。斎藤は沖田、永倉と並ぶ剣の名手だ。それに綾が得意とする居合の達人である。
荒っぽい指導で有名な沖田と永倉に比べ、斎藤は丁寧な指導することも綾は何度も目にしたことがあった。


認められたということなのだろうか。綾の表情が明るく晴れた。明日からが楽しみだと、心は浮足立った。











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