五月雨 | ナノ











翌日の昼、綾は土方に呼び出された。


羅刹を目撃した一般人を隊で保護することになった。偶然にも新選組で行方を追っている蘭方医の娘だという。
娘は綾と同じように男装し、幹部の部屋が並ぶ棟の一室にいる。毎日監視がついており部屋には誰かが立ち会うことになった。


報告を受け、綾は顔を顰めた。まるで罪人のような扱いであると思った。しかし一部始終を見られていたのだから、では他にどう処分しろと尋ねられても返答に困る。結局のところ監視を置いて軟禁するしかない。


好きで男装している綾とは違い、父を捜すために身を偽った彼女は思わぬ展開に気落ちしているだろう。
綾は娘に同情した。運のない、不憫な娘だと思った。


「名は何というのですか」
「雪村千鶴」


土方は事も無げに答える。中性的にも取れる名だからか、男装名は使わないらしい。尤も一般的な娘は男装の際の名など持っていないのだが。


偶々出くわした娘なので間者の可能性は低い。しかし無きにしも非ず、断言は出来ないと前置きし、土方は綾を見据えた。


「雪村千鶴の部屋は総司の部屋の真横だ。お前は絶対に近寄るな」
「……は?」


綾は呆気にとられて、土方を見つめた。予想していたことと違うことを言われたからだ。
てっきり女同士、自分が身の回りの世話をするように申しつけられると思った。男では気付かないことも、女の綾であれば解る。また風呂場や厠の監視であろうと綾ならば傍にいて問題ない。どう考えても都合がよいのだ。


実はこっそりその娘と話して友とまでいかずとも、親しくなろうと綾は思っていた。新選組は云わば彼女にとって恐怖の対象でしかない。彼女を軟禁する者だ。良い感情など抱かず、怯えていることだろう。
だが女の自分であれば、さして怖がらずに話せるのではないかと思った。


平助や原田、永倉と親しくなったとはいえ、同性となればまた違うものである。綾は藩邸にいるはずの染を思い出していた。その娘が親しみを持てる人柄であれば、是非仲良くなりたいものだと思った、のだが。


土方は溜め息をつくと、大げさに首を横に振った。


「雪村千鶴との接触を禁じる」
「どうして、ですか」
「お前は徳川家の最高機密だ。女だということも露見しちゃならねぇ。アイツが信じるに値するかは解らねぇし、現時点では信用する気はない」
「でも…」
「これは命令だ」


キッパリと言い切られ、綾は口を噤んだ。命令ならば従わなければならない。自分は伍長で、目の前の男は副長なのである。
息を吐き、綾は渋々了承して部屋を辞した。


廊下に出ると、ふと沖田の部屋の方角に目を走らせる。なるほど角部屋の襖の前に刀を抱えた永倉が座り込んでいた。
永倉は綾に気付くと、ひらひら軽く手を振る。それに会釈を返し、綾は人知れず険しい表情を浮かべた。










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