五月雨 | ナノ









午後の陽ざしは傾き、障子から漏れる光は橙色に染まっている。冬は日が短い。夜分は殊更凍える。明日は一日非番だから部屋に籠っているのも良いだろうと、綾はぼんやり思った。


「なぁ」


声を掛けられ、視線を戻す。平助がふいに真剣な表情を浮かべている。纏う空気も変化していた。綾は訝しげに顔をしかめた。


平助は僅かに戸惑う素振りではあったが、何かを決意したのか唇を引き結んだ。


「お前のこと、“綾”って呼んでもいいか?」
「え?」
「あのさ、お前は俺の友達だし相棒じゃん。だからちゃんと呼びたいと思ってさ…」


思いもよらない提案に、綾は面食らった。今まで新選組の人間は一貫して“雪之丞”と男装名で呼んでいた。男として入隊しているので当然のことである。


そしてそれとは別に、彼らはやはり綾の身分に気を遣ったのだ。今まで姫様として屋敷で大事に敬われた人を、呼び捨てするのは忍びない。男装名であれば遠慮なく呼べるが、本名は抵抗があった。
綾自身、確信を持っていた訳ではないがそうなのではないかとは考えていた。


だから平助の提案には驚いたのである。されど提案自体が悪いわけではない、むしろ…。


「いいよ」
「本当か?気を悪くしない?」
「まさか」


恐る恐る尋ねる平助に、綾は満面の笑みを浮かべる。事実嬉しかった。姫として恐れ慄き遠ざけるのではなく、仲間として相棒として認めてくれたことが、心の底から天にも昇りそうなほど嬉しかった。


平助はホッとしたように息を吐き、それから笑った。晴れ晴れとした笑顔だった。


「綾」
「うん」
「これからは綾って呼ぶな」


ありがとうと綾は微笑んだ。






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