綾が悩んでいるその頃、新選組内部は激変していた。 副長の新見錦、士道不覚悟の咎で遊蕩先の祇園新地の料亭山緒にて切腹。
新見の素行の悪さは有名であった。 だから多少の驚きはあったものの、綾は納得していた。 流石に放置出来る代物ではなかったのだろうと、解釈したのである。
しかし事態はそれだけに収まらなかった。
「芹沢局長が暗殺された?」 「ああ」
平助が淡々と告げた事実に、綾は目を見開いた。 殺されたのは芹沢鴨と、水戸派の平山、芹沢の愛妾お梅である。 長州の刺客の仕業と聞いても釈然としなかった。 芹沢は神道無念流の免許皆伝。平山も同様。 命からがら逃げた平間は目録だ。 芹沢一派は剣豪ばかりなのである。
いくら酒で酔い潰れていても、それだけの遣い手を殺すには同等以上の相当の遣い手でなければ殺せない。 長州の志士が弱いとは思わない。 神道無念流を始め、数派で極めた人間を排出している。
だが長州方がそう都合よく剣豪を集め、しかも渡りに船の状態で挑めるものか。 芹沢一派は外出することが多かった。 もし暗殺するのであれば、島原辺りで張り込んでいた方が良かったのではないか。 自分が長州方ならわざわざ八木家に踏み込んで殺すものか。
新見の死からまだ数日。 綾も事情を察した。 これは、どう考えても…。
「平助」 「うん?」
遠くを見ていた平助が顔を上げ、綾を見つめる。 大きな瞳はどこか不安定に揺れていた。 それで確信する。 芹沢一派の暗殺は、近藤一派の仕業なのだ。
覚悟を決めよう。 綾はそっと瞳を閉じた。 後戻りは、しない。
「私は、何があっても近藤先生についていく」
綾の言葉に平助は目を見開く。 しかれども、すぐに彼は微笑んだ。 悲しさが混じった複雑な笑みだった。
「そっか」
平助から目を逸らし、綾は空を見上げた。 九月の空は真っ青ながら、どこか寂しげであった。
続
[←] [→] [栞をはさむ]
back
|