久しぶりに隊務に復帰した綾は、巡察の途中で誰かが走り寄ってきたことに驚いた。 彼女は親しみの籠った笑みを浮かべている。 山吹色の上品な着物を身に纏った千だった。
千とは島原で知り合って以来、偶の休息に会うことにしていた。 快活で頭の良い千は大事な友人の一人である。 同性の友人が昔から出来づらかった綾にとって、大事な人の一人だった。
「久しぶりね!元気だった?」
千は相変わらず朗らかな口調だった。どうやらいつの間にか千とも友人になっていた千鶴が、綾が暑気中りだと取り繕ってくれたらしい。 心配させてごめんと謝って綾は微笑んだ。
「お千は元気そうだね」 「まぁね、私は元気が取り柄だから!…本当にもう大丈夫なの?」
千は体を折るようにして、綾の顔を覗き込む。 酷く心配させてしまったようだ。綾は申し訳なく思いながら頷いた。
「本当に大丈夫だよ。ありがとう」 「それなら良かった。またお団子食べに行きましょうね」
嬉しそうに笑いながら、千は手を合わせた。 家茂のことがある前は千と共に茶を飲みに行ったりしていた。 千鶴とも性格が違い、彼女はさっぱりしたところがある。少し男勝りだ。 だけどどこかに品が見受けられるので、密かに綾は千が良家の娘なのではないかと思っていた。
「ねぇ、雪之丞さん」 「うん?」
物思いに耽っていた綾は慌てて顔を上げる。 すると僅かに顔を顰めた千が見つめていた。いつも明るい顔をしている彼女にしては珍しい表情である。釣られて綾までも眉を寄せた。
「今度、屯所を訪問するわ」 「…屯所?え?」 「少し局長さんや副長さんにお話ししたいことがあるの」
目を見開いた綾を気にせず、千は淡々と告げた。 あまり良い話ではないのだろう。綾は眉を下げる。 千と知り合って一年以上。彼女が新選組に仇なすような存在には到底思えない。 どこから掻き集めてくるのか解らないが、千は情報通である。恐らく何らかの情報を入手して新選組に知らせてくれようとしているのだろう。
行き交う人の喧騒に耳を傾けながら、綾は小さく微笑んだ。
「解った。俺の方から土方さんにお話ししておくよ。日時は?」 「まだ解らないの。だからその、突然訪ねることになるかも知れないけれど…」
心底申し訳なさそうに千は言った。 通常、訪問をする際は事前に知らせておくのが慣習となっている。場合によっては紹介状が必要だ。 現在新選組は会津藩お預かりとなって久しく、局長の近藤はおろか土方や伊東も多忙を極めている。事前に約束を取り付けておかねば失礼であるし、そもそも会えぬかも知れなかった。
千は常識がない訳ではない。それを踏まえた上で、事前連絡が出来ないと判断したのだろう。 僅かに顔を顰めるが、綾はやがて微笑んだ。千を信頼することにした。
「解った。それも踏まえてお話しておくね」 「ごめんね、ありがとう」
いいよ、と言いながら綾は首を振る。 巡察中で時間がなかったため、慌ただしく千と別れた。
不意に見上げた空が青く、白い雲がゆっくりと流れていく。 頬を撫でた風に秋を感じ、綾は息を吐いた。
続
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