五月雨 | ナノ









夕飯の当番は綾と永倉であった。
当初に比べ彼女は随分腕が上がっている。
相変わらず大雑把な味付けをしようとする永倉を窘め、味噌汁をかき混ぜた。


「お、出来たか」


永倉は鍋を覗きこんで顔を綻ばせる。
既におひたしや焼き魚は完成し、膳に盛りつけてあった。
お椀に装いつつ、綾は物想いに耽った。
残るは幹部の分の夕飯だが、伊東派は昼間外で食事をしたので要らないとのことだった。
近藤派の分も近藤が出かけて不在なので寂しい。
そして沖田は体調を崩して寝込んでいるので、部屋にいる。


沖田の容体は回復の兆しが見られなかった。
病発覚から既に一年。流石に楽観視していられないと、近藤派の誰もが思っている。
最近では土方は沖田を休ませることに骨を折っていた。
当の沖田は隊務から離れたがらないので、二人の衝突は茶飯事になりつつある。


「新八さん、後をお願いできますか?途中で左之さん辺りにも応援要請しますので」
「ん?どっか行くのか?」
「沖田さんに届けてきます」


訝しげな顔をした永倉だったが、ようやく沖田が寝込んでいることを思い出したらしい。
任せろと笑いながら快諾した。


綾は一膳抱えて廊下に出る。
途中で原田に永倉の手伝いを頼み、幹部の私室へと急いだ。
夕飯時のため、幹部どころか平隊士も出払ってこの辺りは静かだった。
ひたひたと足音だけが響く。


沖田の部屋の前で一端座り、膳を横に置く。
失礼しますと声を掛けると、間髪いれずに返事があった。


襖を開ければ、既に沖田は身体を起こしていた。
脇に刀を置いているのは万が一に備えてだろう。
再び膳を抱え上げると、綾は部屋に入った。


沖田の部屋はがらんとして片付いていた。というより殺風景な部屋だった。
文机が備えられているが、後は大して何も無い。
今は布団が敷いてあるので良いものの、上げられている時は寂しいだろう。
物に執着しない沖田らしい部屋だった。


「起き上がって良いのですか?」


綾は気遣いながら尋ねる。本日一日沖田は床についていた。
放っておくと一所にじっとしているような性格ではないので、余計案じていた。


沖田はそんな綾に呆れたように笑った。


「土方さんが大げさすぎるんだよ。僕は大したことないって言ったのにさ」
「でも…」
「何?もしかして綾ちゃんまで僕を病人にしたいの?」
「そんなわけありません!」


沖田の言葉が冗談だと解っていても、綾は抑えきれなかった。
ただただ心配だったのだ。それをからかわれて頭に血が上って、いつの間にか大声を上げていた。


沖田は目を丸くして綾を凝視する。感情むき出しにすることが少ない綾が怒鳴ったので、素直に驚いていた。


気まずい沈黙が漂う。
我に返って羞恥を覚えた綾は、いたたまれなくて俯く。
正座したまま袴を握り締める。きっと今の自分は情けない顔をしているのだと思うと、ますます首が垂れる。


ふと沖田は手を伸ばし、そして綾の頭を撫でた。
その手つきは普段の彼からは想像できないほど優しかった。


「ごめんね、綾ちゃん。でも本当に僕は大丈夫だから」


ごめんと沖田は繰り返す。
棘が一切ない、柔らかい口調だった。


謝るくらいなら元気になって欲しい。本当に“大丈夫”になって欲しい。
綾は願いを心の中で呟いた。
今自分が望むのはたったそれだけだというのに。でも言うことは出来なかった。
一番望んでいるのは沖田本人だ。


「沖田、さん」
「…うん」
「早く良くならないと、許しませんから」


震える声でそれだけ言った。
本当に言いたいことはそんなことではない。
だけど言えないから、誤魔化すしかなかった。


そんな綾の心情を察したのか、沖田は困ったように笑う。
綾の頭を撫でながら、彼は窓の外を見た。


はらはらと落ちていく紅葉を眺める。
静かな時間を、お互いに本音を口にすることなくいつまでも共にしていた。







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