沖田と千鶴が話しこんでいるちょうどその頃、綾は平助の部屋にいた。 散らかり放題になった部屋を片付けることにしたのだ。 とてもでないが、平助一人ではどうにもなりそうにない。 着物や書物が散乱した部屋を見て、綾は溜め息をついた。 ひとまず着物は平助、書物は綾が掻き集める。 普段の軽挙な言動で霞んでいるが、平助はかなり学がある男だ。 北辰一刀流とは文武両道を目指す流派で、師弟達の思想教育も担っている。 少なくとも入門中はそれなりに書物を読まされたのだろう。 無論今平助の部屋に散っている書物の中には、いわゆる“軽い読み物”も多くあった。 興味をそそられる文献を発見し、後で借りようと綾は脇に避けた。 「こんな部屋じゃ、千鶴に手伝いを頼めなかったのも納得だよね」 息を吐きながら綾が言えば、平助はうっと詰まる。 実は当初、平助の手伝いは千鶴が名乗り出ていた。 町娘として育った千鶴は片付けなんかもお手の物だ。綾よりずっと要領良くやるだろう。 なのに平助は何故か猛反対し、綾の腕を掴んでここまで連れて来たのだった。 何となく予想はしていたが、やはりな結果に苦笑する。 重ねた書の束を眺めた後、綾は振り向いた。 「そういえば、千鶴、下げ緒気に入っているみたいだね」 平助の手が止まる。 恐る恐る振り返った彼に、綾は意地悪く笑ってみせた。 「小太刀に浅葱色の下げ緒がついていたよ。平助があげたやつでしょ」 「お、おう」 「良かったね」 綾の言葉に、平助は思わず顔を綻ばせた。 嘘がつけないので、感情が正直に顔に出る。 こんなところが平助を実年齢より幼く見せるのだろう。 本当は綾より平助の方が二つほど年上なのだから。 だが、そこが微笑ましいと、綾は目を細めた。 「最近千鶴と一緒にいることが多いよね。上手くいってる?」 「はぁ?そ、そうかな。でも、悪くはないと、思う」 「そっか、良かった」 茹で蛸のように赤くなって口籠った平助は、袴の裾を握り締めて俯く。 僅かに震える彼の手を見て、不意に綾は視線を外した。 胸に迫る温かな感情。羨ましい、気持ち。 そっと目を伏せ、作業を再開した。 平助は顔を上げると、誤魔化すように早口で言う。 「そういうお前はどうなんだよ、綾」 「どう、って?」 「お前、その、…総司が好きなんじゃねぇの?」 ぴたり、と綾は手を止めた。 まさか平助に指摘されるとは思わなかった。そうでなくとも、感情を隠すのは上手な方である。鈍い平助が勘付くとは思っていなかった。 されど積極的に平助の前で偽ろうとしなかったのも事実だ。深呼吸をして、振り返った。 「誰に訊いたの?」 「誰って、そんな、」 「左之さん、かな」 「あっ」 鳩が豆鉄砲食らったような顔をした平助を見て、図星か、と綾は笑った。 平助が単独で気付いた訳ではなく、どうやら原田が勘付いたらしい。 原田は他人の感情の動きに敏い。よく気遣いが出来る人だから、直接綾に指摘するような野暮な真似はしないが。 恐らく平助が知ったのは、何かの話のついでだったのだろうと綾は息を吐く。 隠す必要はないが、積極的に話す気がしなかった。 「まぁ、言ったのが左之さんなら安心だね。無責任に言いふらしたりする人じゃないし」 「え、てことは、本当なのか?」 「確信があったから言ったんじゃないの?」 呆れた綾に、半信半疑だったと平助は告白する。 それも仕方ないことであった。なんせ、綾と沖田の距離が縮まったのは平助が江戸に行っている間のことだ。 帰って来てやたらと仲良くなった二人を見て、腰を抜かしかけた。 いつかは平助にも言わなくてはいけなかったかも知れない。 綾はもう一度手元に視線を落とす。 そしてそのまま脇に置いた刀に目を遣った。南紀重国、弟から貰った名刀である。 唇を薄く噛んで、顔を上げた。 「それで、何が訊きたいの?」 尋ねれば、平助はようやく我に返る。 覗きこむように綾を見つめた。 「お前は総司とどうにかなりたいって、ないのか?」 僅かに浮かんだからかうような視線が、綾を捉える。 それにまともに照れることが出来たら、どんなに良かったのか。 綾は小さく笑みを落として、頭を振った。 胸が痛かった。 「どうにもなんないよ」 「…は?」 「どうにも、ならない。沖田さんとはただの仲間で、剣の師弟だよ」 何かを諦めたような綾の表情を見て、平助は顔を顰める。 ようやく様子がおかしいと察したらしい。 笑みを崩し、口の端を歪めて黙った。
[←] [→] [栞をはさむ]
back
|