五月雨 | ナノ









綾と別れて暫くして、松本良順は沖田を呼んだ。
先ほどまでの柔らかな表情は崩れている。
松本は息を吐いて空を仰いだ。皮肉なほど晴れ渡った青空を鳶が悠々と飛んで行った。


長く続く沈黙は心地よい部類のものではなく、むしろ重苦しかった。
松本は名医と呼ばれる医師だ。直弟子を沢山抱え、将軍家などの診察も任される。
そんな彼は当然死病に罹った患者を診る機会は多い。
余命宣告は何度告げたか解らない。それでも慣れることが出来なかった。


目の前の沖田はそんな松本の思惑を察していないのか、はたまた恐怖を顔に出さない性分なのか、とにかく表情を変えなかった。
告げられた時も淡々とし、取り乱す素振りを見せない。
誰だって命は惜しいはずなのに。


こんな患者は初めてで、松本は戸惑いを隠せない。
近藤や土方に病のことを告げぬよう、と抜け目なく言い放った青年に、揺らぐ眼差しを向けた。


「お前さん、もしかして知っていたのか」


ぽつり、と呟くように言う。
その疑問に沖田は一瞬目を丸くし、直ぐに笑った。


「お見通しでしたか。流石ですね」
「いつ知った?」
「…正確には覚えていないけど、そうだなぁ。一月、くらいだったかな」
「なんだと」


松本は驚きで声を失った。
現在は初夏。彼が最初の宣告を受け、既に半年ほどが経過している。
その間この青年は、一人で病を抱え込んだ。風邪だと偽り隊務に励んだ。
誰にも悟らせたりなどせずに。


苦虫を噛み潰したような顔をしていると、自分でも解っていた。
それでも松本は表情を正そうとしない。あからさまに顔を顰める。
半年前から療養していれば、もう少し事態は進展したかも知れない。
過去をいくら悔いても仕方のないことだ。でも悔やまずにはいられなかった。


「なぜ知っていたのに、お前さんは、」
「僕は最期の瞬間まで、新選組の沖田総司でありたいんです」


松本の声を遮って、沖田は強い口調で言った。
のらりくらりとしたいつもの声音ではない。真っすぐ芯の通った、地に足がついた声だった。


声を失い松本は沖田を凝視する。
ここまでの覚悟とは、もう、ではどうしようもないのではないか。
医師であるはずの自分にそう思わせてしまうほど、沖田の言葉は強かった。


「労咳で先行き短いのならば、だからこそ僕は近藤さんの為に生きたい。新選組の剣として全うしたい。それだけが願いです」
「沖田くん…」
「それに死の覚悟なら、刀を取った時に決めています。今更どうこういうつもりはありませんよ」


冗談っぽくそう言うと、沖田は空を仰いだ。
無邪気なところにも強い意志を見出し、松本は眉を寄せる。


呆れて息を吐いた後、自分のいうことに従うように、と松本は言った。
その言葉に微笑んで、沖田は一度だけ頷いた。


踵を返した松本の背を見送って、沖田は腰掛ける。
松本は気付いていなかったが、この場にもう一つの気配があると、鋭い沖田は勘付いていた。
消そうともしないそれは、斬り合いを知らぬ素人の気配だ。
となれば一人しか当てはまらない。


「千鶴ちゃん、出ておいで」


沖田が呼びかけると、すぐ傍の茂みで息を呑む声がした。
再度促せば、罰の悪そうな顔をした千鶴が姿を現した。





[] []
[栞をはさむ]


back