あまりに衝撃を受けたのか、気を失った千鶴を原田が抱える。 それとほぼ同時に綾の元に、染が駆け寄ってきた。 「綾様、綾様!お怪我は、どこにも傷は…、」 「大事ない。落ち着きなさい」 「ああ、良かった」 諌める綾の声を聞かず、染は綾に抱きついた。 見ればその眼に光る物がある。 随分心配させてしまったのだと、綾は眉を下げた。 「アイツら一体何だ」 先ほどまで風間達がいた塀を見据え、土方が呟いた。 ハッと綾は我に返る。 今しがたのことを思い出し、顔を真っ青にした。 「土方さん」 「あ?」 振り返った土方に、綾は頭を下げた。 胸に罪悪感が溢れている。 「本当にすみませんでした」 「は?…あ、ああ、気にすんな」 「でも…」 「あの時はああするしかなかったんだ。仕方ねぇだろ」 土方は険しい表情を緩め、僅かに笑みを浮かべた。 「大丈夫だ。お前の言いたいことは解ってる」 「え?」 「あれ位でお前と距離をおいたりしねぇよ。お前が望まねぇ限りな」 何もかも見透かした紫の瞳は、優しさを孕んでいた。 綾は熱くなる胸を思わず抑える。 身分を振りかざしてしまったことを、土方は許してくれるのだ。 ぐっ、と唇をきつく結んで、綾は無言のまま一礼した。 「それで雪村をどうするか、だな」 土方が千鶴を見遣ると、千鶴はまだ気を失っていた。 あまりにも衝撃的で心がついていかなかったのだろう。 綾は染に目配せし、それから土方に笑いかけた。 「今宵は私が預かりましょう。屯所に帰すよりも、城内にいた方が安全かと思います」 「…そうだな。俺達も屯所にいてやれねぇし、体調不良の総司と平助じゃ心許ねぇ。頼めるか?」 「勿論。蓮尚院のお付きの侍女ということにしましょう。寺から連れて来たのだということにすれば、特に問題はないかと」 「すまねぇな」 「こちらこそ」 その他綾姫の護衛という名目で、原田と斎藤も城内に入ることになった。 千鶴を抱えたまま、原田は歩きだす。 土方と山崎に見送られ、五人は二条城に入った。 千鶴はそれから半刻もせぬうちに目覚めた。 何度かぼんやりと瞬きを繰り返していたが、見慣れない天井に飛び起きる。 既に原田と斎藤は別室に戻っており、部屋には綾しかいなかった。 「あ、あの、綾さん…」 「いつか話したいと思っていたけど、きっかけがこんなことでごめんね」 戸惑う千鶴に笑みを落とし、綾は膝をすすめる。 布団から半身起こした千鶴は黙って見つめていた。 「私は会津の姫。松平容保の娘、蓮尚院綾姫、だよ」 「そんな、綾さんが、会津の…」 「正真正銘のお姫様というやつなんだ」 膝の上に載せた綾の手は、微かに震えていた。 嘘をついていた訳ではない。それでも騙していたことに変わりはない。 しかも会津の姫、なんて肩書き。ただ遠巻きに見られるだけだ。 姫の気紛れと千鶴が詰るなんて考えられないが、距離を取られるだけでも辛い。 千鶴は面食らったような顔をしていたが、ふと手元に視線を落とした。 そして震え止まらぬ綾の手を見つめる。 困惑するが、でも彼女は手を伸ばし、綾の固く握った拳に包み込むように触れた。 驚いた綾に千鶴は優しく笑いかけた。 「あの、こういう言い方っていけないのかも知れません。でも、私、綾さんが好きです。強くて優しくて品があって、とても頼れる綾さんが、好きなんです」 「千鶴…」 「だから身分とか、そういうの関係なくて、あの、その、私、これからも仲良くしていただきたいなって思うんです。…図々しいかも知れないけれど」 千鶴の言葉はどこまでも真っすぐで、大きな瞳は透き通っていた。 綾は呆然と千鶴を見つめる。何も言うことが出来なかった。 受け入れて貰えた。 それどころか、好意まで示して貰えた。拒絶、されなかった。 何度も何度も頷いた綾に、千鶴はホッとした表情で微笑んだ。
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