しきりに笑った後、不意に思い出したように平助は机の引き出しを開けた。 その手に二つの袱紗が乗っている。藍色と紺の袱紗で、何かを包んでいた。 「お前にちょっと相談があるんだけど…」 「どうしたの?」 「これ、なんだけどさ」 慎重に袱紗を広げる平助の手元を、綾は身を乗り出して覗きこむ。 そして現れた物に驚いて瞬きを繰り返した。 藍色の袱紗に乗っていたのは簪で、紺の袱紗に乗っていたのは刀の下げ緒だった。 簪は桜を象ったつまみ簪で、桜色を中心に赤や金粉が塗してあるものだ。桜色の比率が多いためか、あまり派手ではなくそれでいて上品に見える。 対して下げ緒の方は浅葱色の爽やか色合いの、すっきりしたものだ。飾りはなく実用向きである。 共通点としては、二つともそれなりに値の張る物だということだった。 「これがどうしたの?」 綾が首を傾げると、平助は僅かに躊躇した後顔を上げた。 「どちらか千鶴にあげようと思うんだけどさ、その、どっちがいいかな?」 「千鶴に?ああ、お土産ね」 へぇ、と相槌を打ちながらも綾は平助を覗き見る。 僅かにその表情が赤みを帯びているのを発見して、頷きながら笑みを漏らした。 平助は本当に解り易い。嘘がつけないのだ。 「千鶴には最初、下げ緒の方をあげるといいよ。剣術の練習をする初回にでも」 「初回か、そっかそっか。って、“最初”?」 「うん。それで折を見て簪もあげるんだよ。こちらは機会をうかがってね」 綾の指摘に、平助は何度も頷く。 その横顔に、どうやら自分の考えは間違っていないらしいと綾は含み笑いをした。 「そんなに千鶴のこと、好きなの?」 「は?…なっ、な!」 途端に真っ赤になって仰け反った平助は、それでも否定しなかった。 それを見て綾は笑いの渦に包まれた。 「別に隠さなくていいじゃん!どうせ解り易過ぎるんだし」 「え?解り易い?」 「平助は単純だからね。嘘が下手だし」 「なっ、」 「千鶴なら気持ちは解るかな」 目の端の涙を拭いながら、綾はまだ笑いを抑えきれずにいた。 「千鶴はいい子だよ。働き者で控えめで、そして優しい。理想の女の子だと思うよ」 「別に、俺は、」 「まぁ、平助がお嫁さんに貰う時は、私に言ってくれたらいいよ。それなりのところの養女にしてあげるから」 綾がそう言うと、平助は茹でダコのようになった。耳まで赤い。 本来、武士階級の平助と、町人の千鶴は婚姻することが出来ない。士農工商の枠を越えて結婚することは禁止されていた。 しかしこれはある意味ざるであり、強く取り締まっていた訳ではない。よく行われたのは、女の方が町人である場合は武家に一端養女として出し、それから武家同士の婚姻として届けるという手法である。 綾は会津には顔が利く。そういった工作はしやすいと、暗に示してからかった。 「別に千鶴がす、好きとか、そういうのは、」 「はいはい。ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎたね」 あまりに平助が動転するので、綾は軽く彼の背を叩いた。 冗談のように納めたが、一方で冗談でなくとも良いと密かに思った。 信頼する親友と、優しい友人。二人が結ばれるのならば、自分は最大限に協力したい。 そんな平助が聞いたらまた赤くなってしまいそうなことを考えながら、綾は下げ緒を元のように袱紗に包みなおした。
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