「それにしてもさ、明里さんってどんな人?」 平助は胡坐をかいて、文机に頬杖をつく。 そういえば平助は明里を知らないのだと、綾は今更気付いた。 山南が明里と会ったのは、平助が江戸に行った後だ。 だから二人が仲睦まじかったことも、あの山南が隊士たちの噂に上るほど島原に通い続けたことも知らないのだ。 綾はそうだなぁ、と言いながら虚空を見た。 天神姿の艶やかな出で立ちよりも、武家の娘らしい質素ながら品のある着物姿ばかりが頭の中から湧き出てくる。 最後に彼女の寂しそうな笑顔を思い浮かべて、薄く唇を噛んだ。 「素敵な人だったよ。美人で唄が上手で賢くて、でも気取らない芯が通った人。山南さんにお似合いだった」 「…そっか。山南さんも隅に置けねぇなぁ」 「うん、そうだね。紹介した新八さんは悔しがってたし」 「そりゃ山南さん相手じゃ、新八っつぁんは勝ち目ねぇだろ」 くつくつと音を立てて笑いながら、平助は畳みを何度も叩く。 余程壷に入ったらしく、上手く息が出来ないのか軽い咳をした。 平助があまりに盛大に笑うので、思わず綾も釣られる。その時の永倉を思い出した。 気に入っている遊女をまんまと取られ悔しがったが、直ぐに立ち直ったのは永倉の良いところだ。 元より気前の良い男である。小さなことにこだわったりせず、男気を通す。 だからこそ山南の羅刹化に、最後まで反対していた。 綾はそこまで考え、中途半端な状態で笑みを止める。 必死に反対したが、誰も山南の心を変えられなかった。 永倉や原田は勿論、彼に愛された明里ですら。 目尻の涙を拭い、平助はすっと目を細めた。 綾の表情から微妙な空気を感じ取ったらしく、目を泳がせた後、再び視線を正した。 「そういや、千鶴に剣術教えてほしいって頼まれたぜ。あれを助言したの、綾と総司なんだってな」 慌てて話題を変えた平助に少しだけ目を見開いた。 空気を読めない訳ではないのに、それをどうにかすることが出来ないのが不器用なところだ。 でもその不器用さが平助らしくて好感が持てると、綾は思わず微笑んだ。 「うん。…そっか、土方さんから聞いた?」 「アイツらはそう言ってきたけど、お前はいいのかってな。勿論、構わねぇって答えたぜ。もうちょい落ち着いたら、稽古つけようと思ってる」 やはり沖田の説得が功を為したらしく、土方は了承したようだった。 千鶴が新選組にやって来て、一年半。信用に足る人物だと、誰もが解っていた。 特に平助は千鶴に対して親切な姿勢を貫いているので、喜んで受け入れたのだろう。 「それは良かった。千鶴、喜んでいたでしょ?」 「ああ。よろしくねって笑ってくれたよ」 「そっか」 素直な千鶴らしい、素直な反応である。 その様子が目に浮かぶと、綾は笑んで頷いた。 「平助なら良い師匠になるよ。絶対いい師匠になる。頑張って」 「なんだよ、それ。褒めすぎだってーの!」 「あ、だよね?言い過ぎかなって、私も思った」 「じゃあ言うなよ!」 人をからかって遊ぶな、喜んで損したと、平助が大声を出す。 綾は笑いながら、そんな平助の背を軽く叩いた。 久しぶりのやり取りに二人とも和んでいた。嬉しかった。 誰と一緒にいるよりも、互いに心を許しあっていた。誰がどう見ても二人は信頼し合った、気の良い仲間だった。
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