屯所に戻ると、綾は西本願寺に移転後初めて平助の部屋を訪ねた。 平助が京に帰って来て以来、何となく二人の仲はこじれている。 このままではいけないと思い、足を運んだのだった。 「平助」 襖の前で声を掛けると、向こう側で僅かな物音がした。 そして直ぐに襖が開く。 平助は綾の姿に驚いたように瞬きを繰り返したが、入室を促した。 江戸から戻って間もない為か、与えられたばかりのはずであるのに平助の部屋は既に散らかっていた。 元々片付けが得意でないし、旅道具を開くので精一杯だったのだろう。 綾は苦笑しながら、手伝いを申し出た。 片付ける最中、二人は無言だった。何を話せば良いのか解らなかった。 以前あんなに会話が弾んだのは嘘のようだ。 黙々と荷を解きながらも、綾は言葉を探したが、思い浮かばなかった。 「綾」 沈黙を破ったのは平助だった。 彼は背を向け、本を片付けている。 「ごめん」 「……は?」 「だから、ごめん、綾」 突然謝られ、綾は困惑した。 平助は不意に振り返ると、本当にごめん、と繰り返す。 その表情は申し訳なさそうに歪められていた。 「本当は知ってたんだ。お前、山南さんの為に随分頑張ったんだろ」 瞠目した綾を、平助は真っすぐ見据える。 障子越しに注ぐ春の日差しで、茶色みがかった髪は淡く煌めいた。 「総司と二人で島原に連れだしたりしていたんだってな」 「うん。けど、それは沖田さんの提案に便乗しただけだよ」 「にしても、別に総司は一人でもやっただろうけど、だからこそ協力したのはお前の意志ってことじゃん」 「…そうかな」 「ああ」 「でも、」 一端言葉を切って、綾は目を伏せた。 平助と目を合わせ続ける自信がなかった。 「でも山南さんは、結局…」 「明里さんって人が、いたんだろ」 平助は優しく微笑んだ。 「明里さんに会わせたの、総司と綾じゃん。ずっと山南さんを引っ張り出して、明里さんとの仲を育てたんだろ」 綾が顔を上げると、平助は力強く頷く。 口元からは真っ白な歯が零れた。 まるで太陽のように明るい笑みで、 「きっとそれは大きな意味を持ったぜ」 と言った。 綾は何とも言えなかった。それがただの慰めでしかないことは、重々承知だ。 それでも少し心が軽くなったようで、何度も何度も頷いた。 そうしないと、今にも涙が零れてしまいそうだった。
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