五月雨 | ナノ









「そういえば、沖田さんは何をしていたのですか?」


歩きながら綾は隣を歩く沖田に尋ねた。
夕刻に近い為か、市中の商店は夕飯の食材を買う人で溢れている。
人ごみを上手く避けながら、二人は屯所に向かっていた。
門限まで余裕はあるが、早めに帰るに限る。
本日の夕食当番は千鶴と斎藤だったはずだ。二人が勝手場に立つ時は皆浮かれていた。


沖田は緩く首を傾げ、困ったように笑う。
そして辺りを不自然でない程度、しかし丁寧に見渡した後、袖から紙袋を取り出した。


「これを貰いに」
「これ…」
「薬、らしいよ」


そう言いながら、沖田は綾の手の上に紙袋を置いた。
周囲で有名な町医者の医号の判が、隅に押されている。
間違いなく医者が処方したものだ。
驚いた綾の手から再び紙袋を取り上げ、沖田は袖に仕舞った。


「誰かさんが早く医者に行けって、急かすからね」
「誰かさんって、私?」
「他に誰がいるのかな」


呆れたように笑う沖田に、綾は眉尻を下げる。
しかし直ぐに、自分の手のひらを固く握りしめた。


「どうだったんですか…?」
「うん?」
「何の、ご病気だったんですか?」


意を決して尋ねた。
ここまで長引いている。最早風邪ではないだろうと、綾は思っていた。
最初に不調を聞いたのは九月で、今は一月。いくらなんでも長すぎる。


沈黙が二人を包む。
沖田は僅かに視線を空に向けた後、そのままゆっくりを綾を見つめた。
翡翠色の瞳は真っすぐ映し、細められる。


「ちょっと性質の悪い風邪だって」
「性質の悪い、風邪?」
「最近そういうのが流行っているらしいんだ。症状は一定だけど、治りが遅いんだって」


いつも通りの軽い口調だった。
沖田の横顔からは、表情は読み取れない。元々感情を隠すのが上手い男だ。
綾はそれでも視線を逸らせなかった。


性質の悪い風邪、本当にそうなのだろうか。
聞いたことはなかった。けれど、自分は医者ではない。それどころか病気に詳しくない。
お医者様がそう仰ったのなら、そうなのだろう。
綾は無理矢理自分を納得させた。そうするしかなかった。


沖田は不意に袖に手を入れ、何かを探し始める。
取り出されたのは、先ほどの薬が入ったものより一回りほど小さな紙袋だった。
軽く振れば、シャンシャンと細かいもの同士が触れあう音がする。
口元を緩め、沖田は袋を掲げてみせた。


「これもお薬だって」
「え?」
「君にも少しあげるよ」


面食らって瞬きを繰り返す綾の手のひらを、沖田は強引に掴んだ。
途端に身体は熱を帯びる。
不意を突かれた綾は、熱いものに触ったかのように手を震わせた。


沖田は手の上で軽く袋を振り、中の物を取り出す。
手のひらに載ったのは、小さな星の屑。色とりどりの金平糖だった。


「苦い薬は嫌です、って言ったら、良薬口に苦しだからって飲まなくちゃ駄目だって言われて。代わりに、薬を飲んだ後に食べなさいってさ」


飄々と言い放った沖田は、どこか楽しげだった。
何とも子供のような人だ。
綾は呆れて笑う。
薬が苦くて飲めないなんて口にしてみたり、そうかと思えば口直しの金平糖まで貰ってきたり。
確かに年上なのに、年下のような人。沖田は不思議な人だと、綾は思わず微笑んだ。


「いい薬、貰ったんですね」
「まぁね。だから君にもお裾分け」
「ありがとうございます」


大事に噛みしめながら、舌の上で転がすように金平糖を舐める。
甘い香りが口内に広がっていく。
幼い頃に好んで食べた訳でもないのに、何故だか懐かしい味だった。


沖田も金平糖を口に放り込んだ。


「この薬だったらいつでも飲むのになぁ」
「そんな、子供じゃないんだから」
「君だって苦い薬は嫌いでしょ?」
「それはそうですけど」
「ほらね」


得意げになった沖田に、綾は思わず唇を尖らせた。


「苦い薬なんて好きな人の方が奇特です」
「そうかなぁ?」
「そうですよ」
「でもさ、一くんは石田散薬大好きだよ」
「斎藤さんは、その…」
「ということは、雪之丞くんは一くんのこと、奇特だって思っているのかな?」
「そんな訳ありません!」


慌てて否定した綾を見て、沖田は意地悪く笑う。
それでも意地悪さの中に含められた親しみは、瞳に浮かんでいた。
もう以前のような冷たい視線はない。
そこにあるのは温かさと慈しみだった。


屯所に到着するまで沖田はからかい、その度綾が膨れる。
それを繰り返しながら、いつしか二人は声を立てて笑っていた。








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