五月雨 | ナノ









煌びやかな部屋の中央に山南が腰掛け、隣には例によって明里が寄り添っている。
それから少し離れて沖田と綾、そして天神の君菊。
遊女を呼ぶ際に、沖田が山南に馴染みの天神と言った手前、誰か呼ばねばならなくなった。
運の悪いことに本日は原田が同伴していない。
困った綾の頭に、先日知り合った天神が思い浮かんだのだ。
君菊は快く座敷に上がってくれた。
元々君菊と明里は顔見知りだったということで、偶然とはいえ運が良かった。


明里が可愛がる芸妓の一人が踊りを披露し、その横でもう一人の芸妓が三味線をかき鳴らしながら唄を歌う。
行燈の灯に染まる酒を、綾はゆっくり流し込んだ。


「それでは、山南はんは仙台のご出身でいらっしゃるのどすか?」


ぼんやりとしていた綾の耳に、驚きに包まれた声が入る。
明里は心底驚いたように目を見開いて、山南を見つめていた。
山南の方も面食らったような顔をしている。


「左様ですが、それがいかがしましたか?」
「あ、いえ…。あの…」


明里はハッと我に返ったように、うろたえる。
何か戸惑っているようだったが、やがて彼女は意を決したように顔を上げた。


「ウチも仙台の出身なんどす」
「…え?」
「仙台の城下が、ウチの故郷なんどすえ」


彼女の声は、山南と、彼女の逆隣にいる綾にしか聴こえないほど小さな声音だった。
三味線が明里の声を掻き消す。
綾は気付かないふりをして、酒を煽った。


「あなたも、仙台の方ですか。城下というとどこかの商家の…?」
「いえ、ウチは武家の生まれどす」
「武家?」
「古いお家どした。城下の、近習組のお屋敷が並ぶところで生まれ育ったんどす」
「近習組、ですって」
「そうどす。ウチの家は代々近習頭取を務めた家やったんどすえ」


これには流石に綾も驚き、杯を持った手が止まる。
近習頭取といえば登城を許された、藩士の中でも上級とまではいかないが、中々の身分の者だ。
それなのに、何故そこの娘が遊女などしているのだろうか。
しかもここは京。仙台からは遠く離れた都である。
それは山南も思ったのか、彼は驚きを隠しきれないでいた。


「近習頭取のご息女ですか。…まさか、あなたは秋山嘉衛門殿の妹さんでは?」
「ええ、そうどすけど…。ご存じおすか?」
「知ってるも何も、嘉衛門殿は道場の同門でした。私の実家は剣術道場でしたので」


山南は信じられないものを見るように、瞬きもせずに明里を凝視した。


「では、あなたがお里さん、ですか…?」


これには明里も驚いたようで、目が零れそうなほど見開いた。


「何故、それを…」
「兄上から名を聞いたことがありませんか?まだ正式ではありませんでしたが、あなたは私の、」


山南は一端言葉を切って、明里を見据える。
その瞳は慈しみを含んでいた。


「私の、許嫁でした」
「…許、嫁?」
「生前嘉衛門殿から頼まれていたのです。私は剣術師範の息子といえど次男でしたが、いずれ道場は兄ではなく私が継ぐ予定だったのです。それで嘉衛門殿は是非妹を私の妻にと」
「兄は、あなた様のお名前は教えてくれませんでした。ですが良い人をお前の為に見つけたからと。近いうちに引き合わせると」


明里は戸惑ったように、山南を見た。
揺れた瞳に困惑と驚愕が浮かんでいる。


「兄は許嫁の方の、その名を言わぬまま…」
「嘉衛門殿の死は無念でした。藩の抗争に巻き込まれたとはいえ、藩は惜しい人を亡くした。嘉衛門殿の切腹は見事で、思わず敵派閥の方も感動したという話です。私は嘉衛門殿の死に納得がいかず、脱藩しました」
「それでは、山南さんは…」
「私は嘉衛門殿の親友でした。お里さん、あなたを探していました」


すっ、と山南は手を差し出すと、恐る恐る明里の手を取る。
明里は既に京言葉が抜けている。
綺麗な大きな瞳には、涙が盛り上がっている。


「私を、探していた…?」
「嘉衛門殿切腹の後、秋山家はお取り潰しで国外追放。あなたやお母上、弟さんは行方知れず。嘉衛門殿の遺言は一つ。家族を頼む、というものでしたので」
「それで、私達を…」
「単純に嘉衛門殿のご家族が、私としても気にかかっていたというのもあります。でも、まさかこのようなところで…」


山南は悲しげに目を伏せた。


「確かにお母上とあなた、そして幼い弟さんでは生きてはいけなかったでしょうが…」
「生きるためには仕方なかったのです。母はそこまで、とは言いましたが、誇りだけで食べていくことなど出来ません」


微笑んだ明里の目元には影が落ちる。
遊女が奏でる三味線の音が、一層強くなった。


「山南さんに、お会い出来て良かった」
「お里さん…」
「兄上の、お導きでしょうか」


手を取り合った二人を尻目に、綾は立ちあがった。
これ以上は二人きりにしておいた方が良いだろう。
何の巡り合わせか解らない。だけど二人がここで出会ったのは、恐らく。


山南と明里の話声は聴こえていなかったはずだが、何かを察したのか沖田と君菊も席を立つ。
君菊の指示で芸妓達も引き払い、部屋を後にした。






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