act.4
空を仰げば見事な秋晴れだった。 こちらの世界にやってきたのはまだ夏だったけど、既に季節は秋になりかけていた。 元の時代に帰る方法は相変わらず解らない。 もしかして帰れなくなってしまったのではないか。不意に過る不安からは目を逸らし続けた。考えないことにしていた。 受け入れるにはもっと時間が必要だった。
夏から秋になったことで、世間も随分動いた。 長州藩が京から追い出された八月十八日の政変。それ以後情勢はやや幕府側に傾いている。 京では会津藩や薩摩藩の人を良く見るし、ウチに買いにくるお客さんの中にも関係者がいた。 新選組の浅葱の羽織を見ない日はない。巡察ルートを外れている私の家でもそうなのだから、恐らく大通りなんかでは常に彼らがいるんだろう。
時代の渦にこのまま飲み込まれていいのだろうか。 不安は尽きなかった。だからこそ日常を大切にすることにしていた。
棚に陳列した大福を竹の皮で編んだ箱に詰める。少しだけ空気は張り詰めて寒くなってきた。もうすぐ冬がくるのだろう。京の冬は厳しいという。暖房もない江戸時代の冬を乗り越えていかねばならないと気が滅入る。 ため息を吐いて手を止めた。違うんだ。本当は現代へ帰れない苛立ちを季節のせいにしている。そういう子供っぽいところが見っとも無いと、再び息を吐いた。
「果穂!」
暖簾をくぐって顔を見せたのは平助だった。肌寒くなり始めているというのに、相変わらず薄着だ。伸びた手足にはほどよく筋肉がついているし、剣術が遣えるところを見てもかなり鍛えているのだろう。いつだって彼は元気だ。
今までの憂鬱な顔を殺して、代わりに微笑んだ。平助の前ではなるべく笑顔でいたかった。彼には私の悪いところをあまり見せたくなかった。
「平助、どうしたの?」 「ああ。時間が出来たから、お前どうしてんのかなって。顔見にきた」
さらりと、平助は言った。 過剰なまでに照れ屋だと思えば、天然でキザな時もある。本当に不思議な魅力を持った人だ。彼の言動全て計算ではないことを解っているから、余計に惹かれてしまう。
「おや、平助さん」
声を聴きつけたのか、店の奥から八重さんが顔を見せた。 彼女は目を細めると平助に好意的な表情を見せる。子供のいない八重さんは、平助を息子のように可愛がっていた。素直で優しく明るい平助は誰からも好かれる要素を持っている。 それが我がことのように誇らしくて嬉しかった。
「八重さん!こんにちは!」 「こんにちは。なに?果穂ちゃんを誘いに来たの?」 「そういうわけじゃねぇけど、でも果穂に休憩もらえるか?」
唐突な平助の言葉に、私は驚いて顔を上げた。平助は期待が籠った目をして八重さんを見ている。何だか幼い横顔だった。 八重さんは困ったように笑った後、仕方ないねと呟く。
「いいよ。果穂ちゃん最近働き詰めだし、今日は遊んでおいで」 「え?でも」 「アンタもまだ若いんだ、楽しまないと。店は大丈夫だからさ。いっといで」
豪快に胸を叩いて八重さんは笑う。私は一拍置いて、はいと頷いた。 良かったなと白い歯を見せて笑う平助に、私も頬を緩ませた。
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