act.0
街灯は煌々と輝いて夜を照らすけれど、それでも宵闇は底知れなくて恐ろしくなってしまう。 真っ暗に染まった空を見上げて、私は嘆息した。
この辺りは京都の市内とはいっても町外れに当たるため、観光客の姿は見えない。 人ごみは得意といえないから、そういう意味ではありがたいけど。
お盆という時期とあり、周辺の民家は騒がしい気がする。 年に一度、この京都という街に足を運ぶ。観光というよりも、父方の実家がこちらだからというのが大きい。 事実主要な観光地は既に足を運んでしまっているし、近所の神社仏閣には数え切れないほどお邪魔している。 慣れ親しんだ街といっても過言ではない。父方の親類はほとんどが京都の出身で、しかも京都在住だから自分の出身地でなくとも、この街には並々ならない愛着があるのも無理はないのかも知れない。
周囲の民家から時折聴こえる笑い声のほかに、騒音はない。 街中では望めないものではあるけれど、こうした雰囲気もまた好ましいものだと、私は笑った。
裏手の小高い山の麓には小川が流れている。 幼い頃は良くここで遊んだものだ。 近寄って河原にしゃがみこむ。 サンダルを履いていても、石独特の感触が足の裏に伝わる。
風の音、虫の鳴き声、川のせせらぎ。 どれもが何だか懐かしく、また嬉しかった。 ひんやりとした夜風が頬を撫でて、何だか心地よい気分になる。
そっと瞼を閉じれば、音だけの世界が広がった。 夏の虫の鳴き声と、小川の静かな流れる音がする。 私は静かに息をした。
と、その時だった。
ふいに瞼の向こう側が明るくなった。 先ほどまで真っ暗だった世界が、突如消える。 そして聴こえてくるのが鈴虫の音ではなく、蝉しぐれ。 蝉は夜にも鳴くものだろうか。
首を傾げて目を開けると、私は息を呑んだ。
「え?」
何が起こったのか解らなかった。
辺りが明るい。まるで真昼間のように。 だけどそんなはずはない。 だってさっきまで、ついさっきまで夜の闇に身を委ねていたのだから。
見上げた空には太陽が輝き、白い雲が流れている。 ざわざわと微かに遠くの方で人の声もする。
一体何が起こったの?夢? ぎゅっ、と頬を抓ってみる。予想と反して痛い。 訳が、解らなかった。
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