ただ、そばにいたいだけ | ナノ











連れ立って二人並んで歩く。
軽い自己紹介の後、他愛もない世間話をした。
だけど話せば話すほど、私は違和感を覚えた。
何だか話が微妙に噛みあわない。
世代のせいとも違う気がする。なんでだろう。
不思議に思ったけど、それを「なんで?なんで」と追及するには私は歳をとっている。話を合わせながら歩いた。


舗装されていない小道を抜けると街中に出る。
おばあさんのお店ってどんなところなのかな。
心を躍らせながら、彼女の後に続いた。


「……え?」


途端に私は目を見開いた。頬を抓る。
私は幻想を見ているの?それともこれは夢なの?
否定したい。嘘だと言って欲しい。
だけど頬の痛さがこれは現実だと伝える。


目の前に並ぶのは賑やかな大通り。が、私の知る京都の街並みじゃない。
舗装されていない道に、背丈が低い日本家屋。
何より道行く人が着物姿で、髪型も現代ではありえない、髷。
テレビの中の時代劇のような光景が、そこには広がっていた。


一体どういうことなの?どうなっているの?
信じたくない、信じられない。だって信じてしまったら。
心が否定する、拒否する。ありえない。常識的に考えて、絶対にありえない。
あっては、いけない。


「?どうしました?」


呆然と立ち尽くす私に、おばあさんが声を掛ける。
私は返事をすることも出来ず彼女を見返した。
とにかく今は彼女についていくしかない。
なんでもないとぎこちなく笑い、足を無理矢理動かした。


道行く人が私を見て驚いたような、不審そうな顔をしている。
まるで珍獣でも見たような、そんな顔。
私の恰好は特別珍しいものではない。でも、一つの可能性が頭の中にある。


どうして夜だったのに、突然昼になったのか。
どうして皆が時代劇みたいな恰好をしているのか。
どうして私だけが浮いているようなのか。


仮説を浮かべるが、信じたくなくて思考は逃げていく。
信じてしまったら後には戻れないから。
私は簡単に受け入れてしまえるほど、単純でも前向きでもなかった。


「この店です」


おばあさんが振り返って、店の看板を指し示す。
いつの間にかおばあさんのお店に到着していた。
確かに“湯島饅頭”と達筆に書かれていた。
しかしそれは右から左ではなく、左から右。“頭饅島湯”と記されている。
現代でもわざとそういう書き方をすることはあるけど、周りの看板全てがそうとなれば…。


「あの」


意を決して、店の中に入ろうとするおばあさんに話しかけた。
おばあさんは不思議そうな顔をして私を見据える。
唾を呑みこみ、拳を強く握り締めた。


「今、何年でしたっけ?」
「文久三年ですよ」
「ぶんきゅう、さんねん…」
「ええ」


不審そうな顔をしたが、おばあさんはそれ以上追及しないでくれた。
有り難かった。だって返事なんか出来そうではない。
彼女が嘘を言っていないことくらい、出会ってすぐの私だって解る。
周りの景色も、その説明なら納得がいく。


そう、私は。


「幕末、なの…?」


文久三年、西暦1863年。江戸時代、幕末。
私はトリップをしてしまったのだ。


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