午後の陽ざしは強くて眩しい。日焼け止めを塗ったわけでもないからもしかしたら焼けてしまうかもなぁと思った。 新しい着物を着て外に出ると余計にワクワクした。そんな私の気持ちを汲み取ったかのように、八重さんはゆっくりしておいでと笑ってくれた。 最近私が鬱々としているのをどこか感じ取ってたのかもしれないと、なんとなく思った。八重さんは本当の母親のように優しい。 それは心から嬉しくて贅沢なことなのに、それでも足りないと思ってしまう私は随分と我侭になってしまったのだろう。
京の街は私がトリップした頃より落ち着いている。それが新選組の効果というのも知っていた。もちろん京の人 たちはそのことで感謝している訳ではない。むしろ物騒な田舎集団が現れて、と眉を顰めている。 彼らがこの京という町で認められるのは、彼らが死んだずっとあと。日本が諸外国と大きな戦争をした後だ。 悪意や批判を真っ向から受け止めながらもただひたすら任務をこなした彼らのことを思うと、少し胸が痛い。私ならきっと途中で心が折れてしまうだろう。 だから思想の違いとかそんなのはどうであれ、私は彼らを尊敬している。
でもそれとこれとは別だ。不意に立ち止まって辺りを見渡した。軒を連ねる店、行きかう人々、喧騒も何もかも現代では見られないものだった。 本来なら私は異端なのだ。ここにいてはいけない人物なのだから。その先の歴史を、運命を、未来を知った人間がいることがおかしい。 未来はわからないものでな ければならない。先を知る人間がいることはただの不幸だ。 だから新選組と関わるのは怖い。新選組の未来を知っている。新選組の末路を知っている。
そしてそれだけではない。私は実感せざるを得なくなってしまう。ここは幕末なのだと、私が生まれた時代にはとっくにいなかった人たちが、当たり前に生きている時代なのだと。私は余所者なのだと、思わないといけなくなってしまう。
『俺が思うに、自分の居場所って周り次第だと思うんだ』
ふと頭の中に平助の言葉が蘇る。まだトリップしたてで悩んでいた頃の言葉だった。
『周りに自分のことを大切に想ってくれる人がいたら、 それはもう自分の居場所なんじゃねぇか』
照れた顔が眩しかった。思えばきっと、あのときにはもう。認めることのできない想いを知る。考えれば考えるほどに募っていく。認めることなんてできない。絶対に、できない。
「あの」
声を掛けられると同時に肩を叩かれる。物思いに耽っていたせいで身体が震えた。恐る恐る振り返ると、私の肩を叩いた男性も驚いている。まさかこんなにビックリされるとは思わなかったのだろう。
「これ、落としましたよ」
差し出されたのは櫛だった。どうやら頭に差していたものが取れたらしかった。ありがとうございますと言 いながら、私は彼を見て硬直した。 恐らく二十代くらいの男性、町民風に髪を結っていて商人っぽい雰囲気がする。この時代どこにでもいる普通の男性だった。ただ一つを除いては。
「お父さん…」 「え?」 「あ、いえ。すみません。ありがとうございます」
怪訝な顔をした男性に慌てて首を振ってみせた。心臓が煩い。まさか、と、でも、という思いがぐるぐる駆け回っている。尋ねない方がいいだろう。でも尋ねなかったら気になって仕方ない。出会ってしまったのだから。 父の若い頃に瓜二つの男性に。
「あの、つかぬことを伺いますが、あなた様は…」 「私、ですか?」 「あ、あの、えっと。あ、私は湯島饅頭屋で住み込みをしております果穂と申します。あの、この櫛本当に大事なものなので、ぜひお礼をと思いまして。良かったらお名前を、」 「真山庄吉です」 「え?」 「真山屋という酒屋で商いをしております。大事なものをお渡し出来て良かった」
私と同じ苗字を名乗った彼は、そう言って屈託なく笑った。間違いはなかった。この人は先祖だ。私の先祖だった。 懐かしくて泣きたくなる。目の前のこの人は似ているだけで父とは違う人だとわかっているにも関わらず、堪らなくなった。父とは、母とは、家族とはどれほど会っていないだろう。
「庄吉さん」 「はい」 「今からお時間ありますか?良かったらお礼をさせていただきたいのです」 「そんな、お礼だなんて。ただ私は櫛を拾っただけですから」 「いえ、ぜひ。お願いします」
本当なら良くないだろう。子孫が先祖に会うなんて、一番やってはいけないことだろう。櫛を拾ってもらっただけならアクシデントで済むけれど、これ以上は許されない。わかっているのに出来ない。この人を引き留めずにはいられなかった。
私のあまりの必死さに庄吉さんは驚いて、それから困ったように笑った。
「私もまだ下働きですからあまり時間はありませんが、少しお茶を飲むくらいなら」 「よかった…!」
私が笑うと、今度は庄吉さんも素直に笑った。その笑顔が父に良く似ていて、堪らなくなって視線を外した。
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