ただ、そばにいたいだけ | ナノ











ドサッ


呆然と立ち尽くす私の耳に、何かが倒れる音がした。
顔をしかめ音の方に顔を向ける。
生憎木が邪魔して見えない。
ゆっくりと近寄って顔を覗かせた。


「あっ」


人が倒れている。若草色の着物を着た女性だ。
自分がおかれている状況を一端忘れ、慌てて駆け寄って彼女を揺すった。


「大丈夫ですか?」
「あ…、は、い」


かすれた声で返事がくる。
大丈夫じゃない。
辺りを見渡しても誰もいない。
当然だ、ここは町外れでしかも地元民しか知らないし、せいぜい子供が遊びにくるぐらいだ。


女性は少し高齢に見えた。
私の祖母より気持ち若いといった感じだ。
たくさん汗を掻いているし、倒れたということは調子が悪いんだと思う。
うだるような暑さだし、熱中症かも知れない。ひとまず木陰へ運ばねばならない。


傍に落ちていた巾着袋を拾い、私は彼女を肩で担いだ。
大人を運ぶような力はないから、彼女の足を引きずってしまう。
それでもこんな炎天下にいるよりマシのはず。
心に言い訳しながら、木陰に彼女を横たえた。


「失礼します」


着物の帯を緩め、袂を僅かに開けて風通りを良くする。
ショルダーバッグを漁ったが、これといって見つからない。
近くをうろつくつもりだったから必要最小限のものしか入っていなかった。
舌打ちしたい気持ちを抑え、スポーツドリンクを取り出した。
ここに来る前に自動販売機で買ったものだ。買ってよかった。
ペットボトルの蓋を開けて、彼女の口元に運んだ。


「少し飲めますか?」


私の声に、彼女は小さく頷いた。
身体を支えてあげると、ゆっくりスポーツドリンクを飲んでいく。
ある程度水分を補給したところで、私は立ち上がった。


ハンカチを手に小川に走る。
水で浸して固く絞り、彼女の額に乗せた。
本当は脇も何かで冷やしたかったが、生憎冷やせそうなものを持っていない。


「何か扇げるものを持ってますか?」
「巾着の中に、扇子が」
「ちょっとお借りしますね」


彼女に断って巾着を開くと、涼やかな淡い青色をした扇子があった。他の持ち物も全て和で統一されている。
祖母がこういった和風の小物が好きだったから、この人と会わせたら喜びそうだ。
そんなことを考えてしまうくらい、素人目からも見事な品だった。
借りた扇子で暫く扇いでいると、少し楽になったらしい。
ようやく彼女は自力で身を起こした。焦点はあっているしもう大丈夫だろう。
ホッと胸を撫で下ろした。一時はどうなるものかと思った。


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[bkm]