私たちが何か言う前に、平助は現れた。長い茶色がかったポニーテールが目の前で揺れた。平助は私たちの前に身体を滑り込ませて刀を抜く。その背に安堵すると同時に、ふと驚愕した。平助は見慣れた、浅葱色の羽織を着ていた。
平助と同じ羽織を着た数名の人も囲めば、浪士たちはすごすごと引き下がった。刀は抜いただけで、交えもしなかった。それはこの浅葱色の羽織の意味を、証明していた。
刀を収め、ようやく平助は振り返った。その顔がまぎれもなく平助だという事実が、私とどん底に引きずり落とした。
「だいじょ…う…ぶ…」
言いかけて平助は目を丸くする。ようやく、そこにいたのが私だと認識したのだろう。彼は口の開閉を繰り返した。
「え…果穂…?」 「へい、すけ…」 「なんで…」
驚く平助の言葉に、何も返すことはできなかった。驚いているのは私の方だった。なんで、とは私が言いたいセリフだった。どうして、なんで。 今まで平助の身元を尋ねなかったのは私だ。平助が隠しがっていることも知っていて、あえて追及しなかった。 だけどまさかそれがこういう意味だとは。
「あ?平助か?」 「新八つあん…」 「なんだ、よ…」
やっと姿を現した新八さんも、私を見て驚いている。いや、正確には拙いという顔をしていた。まるでテストの悪い点数がバレた子供のようだった。その事実に絶望を覚える。私はこの浅葱の意味をよく知っていた。
「新選、組…?」
唇から滑り落ちた声はまぎれもなく私自身のものだったというのに、他人事のように感じた。信じられなかった。とてもじゃないけれど、自分のだという自信が持てなかった。
自分で言いながらも疑った。まさか平助が。まさか新八さんも、まさか左之さんも。そんなことを思いながら、記憶を呼び起こす自分もいた。幕末好きだなんて、禍の元でしかない。知らなければ良いことを知りすぎている。 新選組幹部の名前、八番組の組長は誰だったか。二番組は、十番組は。こんなこと思い出さない方が幸せだというのに、記憶は容赦なく蘇る。持ち合わせた知識が更に絶望へと引きずり込む。
「藤堂、平助」
無意識のうちに呼んだ名前に、平助が反応する。何故それを、と彼の表情が語る。 違いますようにと願った小さな祈りはあっさりと折れてしまった。
藤堂平助。八番組組長で北辰一刀流の遣い手。新選組幹部最年少。魁先生と呼ばれた豪気な気質を持つ人。そして、伊東派との関係。
思い出さなければいいのに。思い出さなければ幸せなのに。京の一般の人たちのように、新選組が人斬りだからと恐れられれば。それでよかったのに。
私は目の前の、彼の運命を知っていた。今後の彼を、今後の新選組を、その末路を知っていた。 優しくて暖かい人たちの行く末を、知っていた。
「平助は、新選組、なの…?」 「あのな、果穂。それは…」 「新選組、なの?」
茫然と繰り返す私に、平助は罰が悪そうな顔をする。少しの間を置いて、彼はゆっくり頷いた。
「そうだ、新選組だ。お前が言うとおり、新選組八番組組長、藤堂平助だよ」
言い放ったその声が、夢でありますように。 そんなことを考えてしまうほど絶望しながら、私はぼんやりと彼の顔を眺めていた。
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