ただ、そばにいたいだけ | ナノ








店を出るころには日が沈みかけて辺りは薄暗くなっていた。の割には闇を感じないのは、行燈が多く灯っているからだろう。島原の界隈の為か橙色の光で溢れている。


新八さんは土産を包んで貰うからと店の中に残ったので、私は軒先でぼうっとしながら立ち尽くしていた。この時代、夜道はほとんど人通りがないものだが、ここ島原は例外らしい。むしろ夕方店に入った時よりも往来が盛んになっている。


しばらく行きかう人々を眺めていたけれど、不意に一人の前で目を止めた。桃色の着物を着た少女がキョロキョロと辺りを見渡している。少女、といっても私より少し幼いくらいか。不安そうな顔をしているところを見るに、迷っているらしかった。それにこんな夜遅いというのに女の子が一人で往来にいるなんて不自然だ。特に島原は治安が良いとは言い難い。


お節介だとは思うが放っておけなかった。今日は新八さんがいるし、女の子を家まで送った方が良いだろう。とにかくこんなところに放置なんて危ない。私はトリップしたばかりの頃に平助に助けられたことを思い出した。女の子が一人でいていいことなんてない。新八さんは根が良い人だから、女の子を送るとなっても面倒臭い顔はしないだろう。それどころか彼の方から危ないからと言いだしてくれそうだ。


近づくとその子は思ったより小柄だと知った。身長は私より少し低い。いかにも女の子といった、柔らかい雰囲気の子だ。守ってあげたいという言葉は彼女の為に存在するのだろう。
彼女は整った顔を顰め、不安そうな顔をしていた。その表情で話しかける決心が出来た。


「あの」


声を掛けると女の子はあからさまに肩を震わせた。なんだか小動物を彷彿とさせる。よくも今まで一人でいられたものだと思ってしまった。
彼女は恐る恐るといった風に振り返って、そして私の顔を見て少し表情を緩ませた。話しかけたのが女だったからだろう。


「な、なんでしょう?」


唇を震わせながら彼女は言う。声すらも可憐で、ますます保護してやらねば、と思った。


「あの、お節介だったら申し訳ないんですけど、もしやお連れの方と逸れたのでは?」


単刀直入に尋ねれば、女の子は目を見開いた。どうやら図星らしい。おろおろしながら、彼女は顔を真っ赤にしてうつむく。蚊の鳴くような小さな声で肯定して、彼女は頷いた。


「じ、実はその…、そうなんです。逸れちゃって…」
「やはりそうなんですか。それで、その、良かったらなんですけど、うちまでお送りしますよ」
「え?」
「いや、お一人じゃ危ないですし。今物騒でしょう?こちらは男の連れもいますから、ご一緒しませんか?」


私の申し出に彼女はますます目を丸くした。言い終わってから、それはそうだろうと思った。こんな言い方じゃ人攫いみたいだ。誘拐犯の常套文句と言われても納得の言いぐさだった。拙いなぁとわずかに顔を顰めた。そういう他意はもちろんないけど、警戒心を持たせてしまったかもしれない。


だけど彼女の方は違ったらしかった。パアッとあからさまに顔を明るくさせ、彼女は目を輝かせた。


「えっ、いいんですか?」
「あ、はい。もちろん」
「よ、良かった…!本当にどうしようかと思ってたんです」


帰り道解らなくて、と彼女は顔を綻ばせた。素直な人だ。何だか本当にお節介だけど、こんなに騙されやすくて大丈夫なのかなと思ってしまう。私が保護しなければ、本物の人攫いに連れられても仕方ない。


「こんなところでこんな時間に一人でいると危ないから。一緒に帰ろう」
「はい!ありがとうございます!」
「女の子を一人にしておけないから」
「そんな…、え?」


なぜか再び目を丸くした彼女に、私は顔を顰めた。何か問題なことを言っただろうか。少しだけ迷って、訳を問おうと、した時だった。


「おい、こんなところで何してんだ?」


後ろから聴こえた声に体が震えた。目の前の彼女も目を見開いたまま真っ青になっている。一拍おいて、勇気を出して振り返った。最悪の状況だった。
いかにもゴロツキといった浪士が数名、私たちを見据えている。そんなに近い距離じゃないのに酒臭い。まずい。慌てて甘味処を見たが、新八さんはまだ表に出ていない。本当にまずい状況だ。


「ガキがいっちょ前に逢引きでもしてんのか?お盛んなことだ」
「…逢引き?」
「かわいらしいこって。しかも島原!」


なんで逢引きだろう、と思って問い返した私の声を無視し、浪士はにたにたと嫌な笑みを浮かべた。本当にまずい。
青ざめるのを通り越して白くなった彼女の手を無意識に握りしめた。女二人の状況では逃げられない。浪士は六人はいるだろう。三倍だ。逃げ出すのは至難の業だ。
どうしよう、と思ったその時だった。


「お前ら、何してんだよ!」


男性にしては少し高く癖のある、聴きなれた声がする。それは心を落ち着ける、誰よりも信頼できる声だった。

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[bkm]