ただ、そばにいたいだけ | ナノ









島原の直ぐ近くにある甘味処は夕刻に差し掛かっているというのに、随分繁盛していた。島原に来る客が開店するまで時間を潰しているようだ。比較的男性客も多かった。
新八さんと、通された奥の席で向かい合った。店のお勧めであるという団子を頼むと彼はにっと笑った。


「雰囲気があっていい店だろ?」
「本当に素敵なお店ですね」
「これがまた旨い団子を食わせるらしくってな。土産をここで買う人も多いらしいぜ」
「土産?」


顔を顰めた私に、新八さんは微笑んだ。


「土産って言ったらあれだ。贔屓の芸妓さんに」
「え?ああ、なるほど」


そういうことか、と胸の中でつぶやいて、同時にそんなこと女の子に言うものだろうかとも思った。けれどこういった妙に素直なところが新八さんの魅力だと思い直す。普通だったら必死に隠すか誤魔化すかするだろうに。きっと彼はこれを私に言うのは拙いと気づいていないのだろう。


それに新八さんにここを教えた芸妓さんは、恐らく次の土産で自分にここの団子を買ってきて欲しい、という意図で教えたのではないか。気づかずに見事にスルーしてしまっているところが何とも彼らしかった。


「この店を芸妓に聞いた時、果穂ちゃんを思い出してよ。ほら、甘めぇモン好きだろ?」


笑顔で言うから何も指摘出来なくなってしまう。それに単純に嬉しかった。贔屓の芸妓さんより妹ポジションの私を思い出してくれるなんて。曖昧な存在である私にとってどれほど嬉しいことなのか、多分目の前の彼は解っていないだろう。


他愛もないことを話しているうちに団子と煎茶が運ばれてきた。前評判通りおいしそうな団子だ。口に含むと程よい甘さが舌に広がった。


「やっぱうめぇな」


新八さんの目の前の皿はあっという間に空になっていく。ペースが随分早い人だ。一口が大きくて団子丸々一つが消えていく。喉を詰まらせないのかなという心配がお節介に思えるほど豪快な食べっぷりだった。


「この団子もお土産に出来るんですよね」


ふと尋ねると、お茶を啜っていた新八さんは瞬きを繰り返し一瞬動きを止めた。そして口の中に残っていた団子を飲み込んで、そうだと頷く。


「団子が売りの店だからな。なんだ?果穂ちゃん何か土産を買うのか?」
「はい。おいしいから、八重さん達にもと思って。何か新作の参考になるかも知れないし」
「ああ、そっか。いいんじゃねぇか?八重さん喜ぶと思うぜ」


何度も頷きながら言って、ふと新八さんは動きを止めた。彼は何かをひらめいた、という顔をした。手を叩いて笑みを浮かべる。


「そうだ!俺も土産買って帰らなきゃな」
「どなたにですか?あ、左之さん?」
「なんで野郎に土産なんか買って帰らなきゃならねぇんだよ。千鶴ちゃんにだ」
「千鶴、ちゃん?」


聴きなれない単語に眉を顰める。この流れからすれば女性だろうか。違和感を感じたのは、芸妓さんや八重さんではない、もっと近い女の人の名前だったからだと気づいた。そういえば新八さんも左之助さんも、そして平助も良い歳なのに女っ気がある単語を出すことがなかった。


私の様子には気づいていないのか、新八さんはだから千鶴ちゃん、と繰り返した。


「あの子はめったに外に出られねぇし、甘味の類好きだろ?ま、今日は平助が一緒だからそれなりに何か楽しんでるかもしれねぇけどさ」
「平助が一緒?あの、千鶴ちゃんって、どなたですか?」
「は?そりゃあの子は、あ…」


しまった、という顔をした。恐らく新八さんに初めて会った人でもそう思えるほど解りやすい表情だった。
唸りながら彼は頭を掻く。どうやら“千鶴ちゃん”のことは話してはいけなかったらしい。ばつの悪そうな顔を浮かべた。


「ああ…その、あれだな。えっと、千鶴ちゃんは…、小姓なんだ」
「小姓?」
「ひじか、違う。えっと、俺らの上役のような人の小姓。年下でさ、まぁみんな可愛がっているんだよ」
「え?女人なのに小姓をされているんですか?」
「あ、違う。あだ名!あだ名な!歴とした男だぜ!」


どうしてこんなに必死になるのだろうかと、逆に訝しがってしまうくらい新八さんは必死だった。本格的に“千鶴ちゃん”のことは口外してはならなかったらしい。苦笑しながら、そうですかと言って話を打ち切った。話したくないと言っていることを追及するのはあまりに野暮だ。それになぜか追及してはいけない気もしていた。

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[bkm]