ただ、そばにいたいだけ | ナノ











日が傾きかけて空がオレンジに染まっている。
鴨川に流れる水に光が反射してキラキラ光った。
隣を歩く平助の顔も夕焼けを映して橙色になっていた。
土手の道は狭いから並んで歩くと肩と肩が触れそうになる。そのたびに胸の鼓動は速まった。


土手を下って川の淵まで歩んだ。
川の向こう側ではまだ幼い子供たちが遊んでいた。はしゃぎ声がここまで聴こえてくる。元気だなぁと思わず微笑んだ。
芝生の上に並んで腰かけて、ぼんやりと水面を眺めた。アメンボが水の上を這う。水の波紋が広がっては消えていった。


「果穂」


ぽつり、と落とすように平助が言った。平助は大きな瞳を真っ直ぐ私に向けた。
真剣な瞳だった。まるで射抜くように曲がったところのない眼差しだった。


「俺さ、お前の力になりたいんだ」
「…平助?」
「お前の力になりたい」


力になりたい?口の中で反芻した。突然何を言い出すのだろうとは、思えなかった。そんなこと考える間もないほど平助は真っ直ぐだった。
高鳴る胸を抑え、平助を見つめ返す。私にはそれしか出来なかった。


平助はふと手を広げ、それから私の手を握った。包み込むように優しく、けれど力強く握られた。


「何か悩みがあるんじゃねぇか?」
「なや、み?」
「ああ。お前、悩んでることあるだろ」
「…なんで?」


問い返した私に、平助は顔を顰めてみせた。瞳はどこまでも透き通っていて、優しかった。


「自分で気づいていないかもしれないけど、果穂ってたまに寂しそうな顔をする。どっか遠くを見てることも多いしさ」
「平助…」
「自分の中で抱えてある程度考えんのも多分間違いじゃねぇけど、だからとって抱え過ぎて苦しむのは違うって。な、俺でよければお前の味方だからさ」


平助は何だか一生懸命話してくれた。その口調に他意は見られなかった。何より彼が言ったことが気になった。
私がたまに遠くを見ている。図星だった。それは決まって現代が懐かしくなった時だ。自分の時代に帰れないと思う時にいつも、私は苦しんだ。


言うか言わないか。戸惑うけれど、結局言わないことにした。信じられる訳がない。
百五十年も先の未来から来たなんて壮絶な話、夢物語にしても頼りない。


「平助」
「おう」
「まだ、この話をする勇気はないんだ。平助のことを信用しているとかしていないとか、そうではなくって。これは私個人の問題なの。ただ、平助にする勇気がないんだ。けれど」


言葉を切って、平助に向き直る。私は深く頷いた。


「いつか話したいと思う日が来たら、聞いてくれる?」


控えめに尋ねると、平助は目を丸くする。けれどすぐに彼は笑って頷いてくれた。


「当たり前じゃん!いつでも大歓迎だって」


そう言って笑った平助は明るい表情をしていた。とても温かかった。
やばい。心臓がうるさい。駄目だ駄目だと思うのに、引きずられそうになる。逆らえなくなる。平助のことが好きになっていく。
どうしてこうなんだろう。平助じゃなければ、惹かれなかったと思うのに。
でも一方で、見知らぬ土地で出会ったのが平助で良かったとも思った。平助じゃなければ私は、とっくに気が狂っていただろう。


「ねぇ、平助」
「ん?」
「…ありがとう」


心をこめてお礼を言うと、平助は笑っていいってと言った。
そんな彼に微笑んで、私は再び沈んでいく夕陽を見つめた。


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