冬が近づいているためか、街中はどこか忙しない。 速足で行きかう人たちを尻目に、平助は上機嫌だった。 何かいいことでもあったのかな?首を傾げながら私も彼の後に続く。 私より少し背が高いだけなのに、平助はどんどん先に行ってしまう。歩幅の違いを思い知らされる。 男の人なんだな、と実感して、同時に何だかドキドキした。
「あ、悪い」
不意に振り返った平助は、罰の悪そうな顔をした。 私は感心するだけだったというのに、いつの間にか私が小走りになっていたことに罪悪感を感じたようだ。 足を止めると彼はじっと私を見つめる。 そして伸びた手が、私の手のひらを握った。
「え」
驚いて口の端から声が漏れた。目を見開くと視線の先に耳を赤くした平助がいた。 平助は私と目を合わせずに、少し遠くを見ながら呟く。
「はぐれたら一大事だろ。人が多いし、そうでなくとも京は物騒なんだから」
いつかみたいに絡まれたらいけないじゃん。言い訳でもするように平助は早口で捲し立てた。 照れ隠しだと、きっと誰が見ても解るだろう。女と手を繋ぐなんて恥ずかしいんだろう。 それでもそういう感情を押し切って繋いでくれたことが嬉しくて、私も俯き加減に頷いた。
「うん、私もそう思う」 「そっか!そうだよな。うん。そんじゃ行こうぜ!」
私の返答に明るい声音を返すと、平助は歩き始める。繋がった指の先が熱い。妙に汗ばんだ手のひらが何だか恥ずかしかった。 顔を上げると平助の背中が見える。斜め前を歩く彼の耳は、未だ朱色に染まっていた。 呼吸を何度か繰り返して気持ちを落ち着ける。心臓がうるさいし、顔が熱い。多分私の顔も平助に負けず赤くなっているのだろう。そう思えば余計恥ずかしかった。
「ねぇ、どこに行くの?」
恥ずかしさを誤魔化すために尋ねると、平助は立ち止った。唸りながら振り返る。平助の大きな瞳が真っ直ぐ私を見据えた。
「旨い蕎麦屋発見したから、一緒にどうかなと思ってさ」 「お蕎麦?」 「あ、まさか、嫌いだった?」
瞬きを繰り返し平助は顔を顰める。不安そうに覗きこんできた彼に、慌てて首を振る。 そうではなかった。美味しいものを見つけた時に浮かんだのが私だったことが、素直に嬉しかった。
「蕎麦、好きだよ」 「そっか、そりゃ良かった!そうだよな、蕎麦旨いよな」
パアッと明るく笑うと、平助は手を繋いでいるのとは逆の手で鼻を掻く。行こうぜと再び手を引かれた。 軽やかな平助の足取りに、思わず微笑みを落とした。嬉しそうな反応をしてくれたことが、余計嬉しかった。
蕎麦屋に辿りつくと暖簾をくぐって中に入った。こじんまりとした趣のある内装だ。畳が敷かれ、隣のテーブルとの間には仕切りがしてあって個人の空間が保たれていた。 江戸時代には珍しい構造のお店だ。 正直平助がこんな風に雰囲気があるところを知っているとは思わなかったから、素直に驚いた。
「ここの蕎麦がうめぇんだよ!」
案内された席につくなり平助は顔を綻ばせる。お品書きを眺めながら頬杖ついた。 割と人気のある店らしく店内は混んでいた。比較的若い女性も多い。 こんなお店が近くにあったなんて知らなかったな。ため息をつきながら見渡した。
「良い店だね。初めて来たよ」 「だろ?左之さんが教えてくれたんだよ」 「へぇ、左之さんが。…ま、そうだよね」 「あ?」
顔を顰めた平助に、何でもないよと笑った。黙って自分の手柄にすればいいのに、妙に正直な人だ。 けれどそういう素直さが好ましかった。私は微笑みながら彼の横顔を見つめる。平助は店員のお姉さんに手招きをすると、お勧めだという蕎麦を二つ注文していた。
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