ただ、そばにいたいだけ | ナノ










少し眉を寄せて平助の方を見ると、彼はハッと息を呑む。
それから隣に座ったバンダナの男性を横目で見た。
話が脱線していると、気づいたらしく、僅かに焦りが浮かんでいる。


「このむさくるしい散切り頭が新八っつぁん。そんでその横の、赤い髪の大男が左之さん。えっと、左之助だから左之さんっていうんだ」
「はぁ?なんか大雑把じゃねぇか、平助!」
「いいんだよ!これくらいで!後何も言うことねぇし!」


新八さんが文句を言えば、平助が勢いよく反論している。それを見た左之助さんが苦笑した。
本当に仲が良いのだなぁ、と半ば他人事のように実感する。
こうして言いたいことを言い合える関係は、そうそうないはずだ。
そういえば、平助が他の人と会話するところをほとんど見たことがなかった。
だから余計に新鮮に感じるんだろう。


賑やかな三人を見ていると、不意に左之助さんの視線が動く。
カチリ、と私と目が合うなり、彼は平助の頭を軽く叩いた。


「そんで、こちらはどちら様なんだ、平助」
「あ?」


尋ねられて振り返った平助は、ようやく今度は私を紹介しそびれていると気付いたらしい。
あからさまに慌てながら、手で示した。


「コイツは果穂!真山果穂だ」
「初めまして」


会釈すると、二人は僅かに眉を顰めて顔を見合わせた。
何か今の紹介に拙いところがあっただろうか。


私の表情に怪訝なものが浮かんだと思ったのだろう。罰の悪そうに左之助さんは頬を掻いた。


「いや、その、この饅頭屋の娘さんだと思ってたからさ」


窺うような声音は、申し訳なさも浮かべている。
ああ、と納得した。
私の苗字が“湯島”ではなかったから、困惑したんだろう。
少しだけ苦笑いしながら、元は長崎の貿易商の娘で、訳あって湯島饅頭でお世話になっているのだと説明した。


「血の繋がりはありませんが、こちらの方は大層良くして下さっているんです」
「そうか。さっきの女将さんの対応が親密だったから、てっきり実の娘と勘違いしてしまった。野暮な反応してすまねぇな」
「ホント、申し訳ない!」
「いえ、構いません」


謝る二人に軽く手を振って否定した。
実を言うと、湯島の家の子だと勘違いされることに慣れていた。
八重さんや、お婆さんや旦那さんも私を他人のように扱わず、我が子のように構ってくれる。
お客さんの中には、八重さんに娘がいたなんて知らなかった、と目を丸くする人までいた。
それほどまでに大切にして貰えるのは嬉しいことだから、素直に喜んでいる。


そう言えば、二人は顔を見合わせて、それから笑った。


「平助と仲良くやっている訳が解ったぜ」


いたずらっぽく笑って目配せした左之助さんの背中を、顔を真っ赤にした平助が叩く。
そんな平助の反応に笑いながら、新八さんは平助の頭をくしゃくしゃに掻き撫でた。

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[bkm]