「なぁ、果穂」
平助の声は静かで落ち着いていた。 川のせせらぎが聴こえる。 私は黙ったまま、繋いだ手に視線を向けたままだ。
「俺も余所者だし、気持ちは解るぜ。けど、そんな風に思いつめなくていいんじゃないかな」
一つ一つ、言葉を選んでいるようだった。 だから私は口を挟まない。 ただ平助の話に耳を傾ける。
「自分の居場所って、結局どういうこと?」 「…どういうって」 「生まれた場所が自分の場所?育った場所?長くいた場所?いや、俺は違うと思うな」
違う? 思わず顔を上げると、その拍子に涙が零れた。 平助は真っすぐな眼差しで私を見据えていた。
「俺が思うに、自分の居場所って周り次第だと思うんだ」 「周り、次第?」
うん、と平助は盛大に頷いた。
「周りに自分のことを大切に想ってくれる人がいたら、それはもう自分の居場所なんじゃねぇか」
息が止まるかと思った。 そんなこと、考えたことがなかった。 でも確かにそう思う。 自分の居場所って、何だろう。 考えれば考えるほど、平助の言うことは解る。 結局のところ。
「いていいとかいちゃ悪いとか、そんなの他人に言う権利ねぇし、少なくとも誰か一人でもいるならそれは認められた証拠だと思う」 「……うん」 「そんでさ」
一端言葉を切って、平助は私をじっと見つめる。 そして彼は柔らかく笑った。
「俺は、果穂と友達になれて良かったなぁって思ってる」 「平助…」 「あ、いや、その、うん。これは本当に」
言った後で照れたのか、平助はしどろもどろになった。 けれどお陰でストン、と素直に言葉が落ちる。
私、いてもいいのかな? 勿論平助は私がこの時代の人間でないなんて、知らない。 きっと長崎から京に出てきて、不安がってるくらいにしか考えていない。
それでも言ってくれたことが嬉しかった。 いいのかな。私、いいの?
「平助」 「ん」 「ありがとう」
私がお礼を言うと、平助はいいってと笑う。 そして彼はふと視線を自分の手に向け、途端にパッと手を離し慌て始めた。
「うわっ、ごめん!」
どうやら手を握ったのは無意識だったようだ。 ごめんだとか、申し訳ないとか、代わる代わる謝っている。 この時代は男女の距離が現代よりも遠い。 手を握るのすら一大事だ。 だけど現代人の私に、そんなに謝らなくていいのに。 慌てるのが何とも平助らしくって、微笑ましいけれど。
笑ったのは、半ば無意識だった。 平助の慌てっぷりと、それ以上に胸の温かさに微笑んだ。
すると平助はポカン、と私を凝視し、その後で彼も釣られたように笑った。
「ちゃんと笑ったの、初めて見た」 「え?」 「やっぱ笑った方がいいよ」
平助が優しく言うから、胸がいっぱいになる。 ありがとう、ともう一度言ったお礼はかすれてしまった。
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