走って走って、辿りついたのはどこかの寺の敷地だった。 ここがどこなのかは解らない。 こういう時地理に疎いと困ると思う。 帰りは彼に案内してもらわないと、とぼんやり考えた。
青年はちょっと待ってろ、と言ってそのまま駆けだした。 首を傾げ彼を見ていると、彼は寺の隅にある井戸で水を汲みあげる。 そして何かを浸けるとこちらに戻って来た。
「これで冷やせよ」
そう言って差し出されたのは手ぬぐい。 彼の視線は私の手首に向けられている。 それで先ほどまで浪人に掴まれていたところが赤くなっていたのだと気付いた。
「ありがとうございます」 「おう、いいって」
彼は照れたように笑って、私の手に手ぬぐいを押し付けた。 汲んだばかりの水に浸したからか、とても冷たい。 有り難く私はそれを手首に当てた。 夏の暑さと走って上がった体温も相成って、気持ちいい。 思わず目を細めると、彼はもう一度笑った。
「お前さ、もしかして一人でうろついてた?」 「え?あ、はい。そうですが」 「やっぱり。あのさ、女が一人でうろうろしてると危ないぜ」
物騒だしさ、と言った彼は呆れ気味だ。 確かに彼の言うとおりだけど、今日は仕方なかった。 少しムッとはしたが図星だし、ただすみませんと謝った。
「あ、あの。助けて下さってありがとうございました」
お礼を言いそびれていたことに気付き、手首を押さえたまま一礼する。 すると彼はいいって、と顔の前で両手を振った。
「けどさ。俺がいつでも助けられる訳じゃねぇから、今度から誰かと外出しろよ」 「肝に命じます…」
私は俯きながら頷いた。 なんか叱られているみたいで居心地悪い。 そんな雰囲気を察したのか、彼の方もま、いいけど、と笑って流した。
「それよりさ、お前なんで敬語なの?同い年くらいだし、普通に話そうぜ」 「あ、うん。そうだね」 「そう、それで良し!」
何故だか満足げに彼は頷く。 どうやら人懐っこい人のようだ。 先ほどまでの雰囲気とは違い微笑ましくなって、私は思わず笑みをこぼした。 そんな私に、彼は何だか嬉しそうだ。
「お前さ、何て名前?」 「真山果穂。あなたは?」 「俺は平助。果穂って呼んでいい?」 「うん。私も平助って呼ぶね」
私が返事をすると、彼、平助は何度も頷いた。 こちらの時代に来て、初めて友達が出来た。 平助にお礼をしたいから、今度お店に来てっていうと、快く了承してくれた。 暫く世間話した後、平助に店先まで送ってもらう。 こんなに和やかな時間を過ごしたのは久しぶりだった。
「じゃあ、またな!」
手を振りながら去っていく平助の後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。 これから毎日が楽しくなりそうだと、呑気に笑った。
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