ただ、そばにいたいだけ | ナノ











「おい、お前ら」


諦めるしかないのか、と思った時だった。
野次馬の中から声がした。
人垣を掻き分け、一人の青年が現れる。
身長は男性にしては低めで、長い髪を後ろでポニーテールにしている。
猫目が特徴的な顔は可愛げがあり、やや童顔気味だ。


だけど彼の腰には刀がある。
この時代は成人する年齢が低いし、彼は既に成人済みなんだろう。
髪型や服装から考えるに、私に絡んでいる人たちよりも小奇麗だけど恐らく浪人だ。


「なんだぁ、てめぇ」


私の腕を掴んだまま、浪人が彼を睨みつける。
竦みあがるほど恐ろしい目なのに、彼は平然としていた。


「なんだって、お前らの方が“なんだ”だろ。女の子に寄ってたかって。嫌がってんじゃん、やめろよ」
「ああ?」


バッ、と腕を乱暴に離される。
良かったと思う間もなく、目の前で刀が煌めいた。
浪人たちは皆刀を抜いて、青年に向けていたのだ。


どうしよう、足が震える。
だって浪人は四人。対して青年はたった一人。
周囲の人たちは私たちから更に距離を取った。悲鳴も上がる。
絶体絶命だと、誰もが思った。


しかし青年は刀を向けられても怯むどころか、挑戦的な眼差しで自分も抜刀した。


「なに?もしかして遣り合うわけ?言っておくけど、俺は腕が立つよ」
「ほざけっ」


浪人たちはじりじりと青年に迫る。
青年は笑みを浮かべ、刀を振った。
金属と金属が触れ合う音が響き渡る。
もう見ていられない、と私は手で顔を覆った。


暫く刀がぶつかる音がして、浪人たちの悲鳴。そして野次馬たちの歓声。
一体、どうなっているの?
恐る恐る目を開けた私の視界に入ったのは、驚くべき光景だった。
先ほどまで私にちょっかいをかけていた浪人たちが、皆地面にうずくまっている。
その中央で青年が何事もなかったかのように刀をおさめた。


強いんだ。
唖然と立ち尽くす私に、彼はゆっくりと近寄って来た。


「大丈夫か?」


さっきまでの脅すような声ではなく、気遣わしげな優しい声音。
反射的に頷くと、彼は良かったと微笑んだ。


「ケガはしてない?」
「あ、大丈夫です」
「そっか」


彼は笑って、それから気まずそうに周囲を見渡した。
人が大分集まっている。
眉間に皺を寄せた後、彼は私に視線を戻す。


「なんか人多いから、ひとまず場所移そうぜ」
「は、はい」


彼は自然な動作で私の手を握ると駆けだす。
私も慌てて、そんな彼の背中を追った。



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[bkm]